私の命は軽い。
大切だと思わない。
誰か必要としていたとしても。
その人には大切な命であろうと、自己では割りきりる。
私の命の評価は綿毛よりも軽い。
どうでもいいから、粗末にしていいと考えている。
地下鉄のホームを歩きながら、誰か落ちたなら。
助けるために躊躇なく向かうだろう。
その結果助かったならラッキーで、死んでもラッキーだ。
この屈折した考えは性格が壊れているから、そして統合失調感情障害の症状でもあるようだ。
違うのならば。
私が壊れている証拠だ。
死にたいのか、問われたら。
YES。
生きたいのか、問われたら。
どうでもいい。
わざわざ仔猫を殺したりはしない。
面倒だから。