ミヒャエル・エンデの
自由で無限の想像力と創造力を持っていた
少なくとも私が子供のころは
幼少期からお受験塾に通う子供はごくわずかで
多くの子供は自由に自分の世界を生きていた
私とは対照的に
私の兄はその“ごくわずか”だったけれど
兄は自らの意思でその道を選んだので
すごいなぁと尊敬せざるを得ない
大好きな兄は自主性を重んじる人なので、私に同じ道を強要することは一度もなかった
競争社会、学歴社会と言われて久しい今日
子供のためと言いながら必死になって
まだほんの幼いころから
塾に通わせたり習い事をさせる親たち
そこに子供の意思があれば話は別だけれど
それって本当は誰のため

自分が感じている劣等感や悔しさ
コンプレックスを満たすためじゃないの

子供はそれを本当に望んでいる

子供のいない私に何がわかるの

そう言われてしまうかもしれないけれど
これが私の客観的に見た意見だ
お受験こそ拒否したけれど
母は私を中学から名古屋では有名な私立のお嬢様学校に入学れたかったんだけれど、父親という後ろ盾を失った(他界)私は全てにおいて自信がなくそんな学校には馴染めないと思っていた
私もご多分に漏れず
子供のころからいろんな習い事をした
親の意向で幼稚園の頃に始めたピアノは
一番長く続けた習い事なんだけれど
本当に嫌で毎回苦痛でしかなかった
コンサートに足を運ぶのは好き
やっと辞めさせてもらえたのは高校生の頃
一番の危機は小学生のころで
近所に有名な小唄のお師匠さんがいて
最後にもう一人弟子が欲しいと
私に白羽の矢が立ったこと
それだけはどうしてもやりたくないと
当時から和より洋が好きだった
正座をして母にお願いをしたので
危機は回避できたけれど…
そのほかにも
琴や三味線も習わせたかったらしいが断固拒否

今ならそれが母の愛だったことはわかる
私をどこに出しても恥ずかしくない
私が恥ずかしい思いをしなくて済むように
との思いからいろいろさせたかったのだ
けれども
そこに自分の意思がなければ
その愛は苦痛しか生み出さない
自分の意思で通い始めたことは
そろばん、書道、塾そして英会話
英会話は機会があればまた始めたいけれど
あとフラメンコと茶道も少しかじった
大半は友達が通っているのを見て
なんかかっこいいなって思ったから
昨日のブログに書いたことじゃないけれど
これも他人軸な考え方からだったので
結局すぐ飽きて辞めることになった
どれも中途半端ではあったけれど
人生何事も経験って考えると
話のネタにもなるし
まぁ無駄にはなっていない・・・かな

話が横道に逸れてしまったけれど
スケジュールを詰め込み過ぎる
余裕のない生活や
効率の良さばかりに気を取られた
殺伐とした生活は
魂の輝きを、自分の可能性を殺す行為だ
私は灰色の男たちに、時間貯蓄銀行に
注:モモに出てくる時間泥棒たちのこと
必死で時間を貯蓄していた時期があるから
そのことがよくわかる
疲れていると脳が停止状態になり
ワクワクすることや楽しいこと
自分のやりたいことは一切浮かんでこない
無理矢理なにか行動をしたとしても
そんな時は大抵裏目に出てしまう
今はもう必死になって予定を詰め込んだり
効率を求めたりはしなくなったけれど
仕事が忙しい時はまだクセでついやってしまうけれど
これからもっと今以上に
ゆとりのある幸せな生活を送りたい
だからまずは自分をもっと幸せで満たそう
それが人を幸せに
笑顔にすることにもつながるから
いつか私が子供を授かることがあれば
特に無限の可能性がある幼少期のころは
自由に自分の世界をクリエイトできるよう
多くの時間を好きに使わせてあげたいな
以前、お伊勢さんの式年遷宮参りで出会った
お昼寝中のネコちゃん

彼女
は効率なんて気にして生きてないよね