つづき......
すべてが意志によって起こる。
だから、問題は、
意志を本気で発せられるかどうか。
「~したい」「~であってほしい」がなくて
どうして意志を発せられる?
「~したい」「~であってほしい」があって
意志が生まれるのでは?
つまり欲求の
さらに強いものが意志 のように思う。
「欲求」が最高潮に達して
「命令」ほどにまでなって
「当たり前に起こること」のようにもなって。
そういうのを意志というのでは?
だから、欲求が分からないと
意志するのも難しいのでは?
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落ちたものを拾うとき
しゃがんで拾うけれど、
「そうすれば手の中に戻ってくる」
ということをまるで疑わずにいる。
その時
「欲求」と「命令」と「当たり前」が
重なっているのでは?
だから手の中に戻ってくる。
つまり叶う。
「拾えるかな 拾えないかな」なんて
「考え」ない。
そいういうのが意志。
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だから欲求は重要。
意志へのドアだから。
最高に素晴らしいことを欲求できたら
どうなる?
実は自分は
最高に素晴らしいことを欲求してた!
と知ったらどうなる?
思うぞんぶん欲求できるし
欲求は発達して
要求して、命令しての意志が起こる。
その意志が起こったら世界はどうなる?
意志がすべてを起こす。
素敵なやっばいことになる🧡✨
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今、昨日書こうとしていた続きとは
違うことを書き始めてるけれど
とにかく書いてみる💫
私は、自分の欲求を自分に許可し始めて
物理的にも豊かになることに
ウェルカムするようになった。
物理的にせよ、健康的にせよ、精神的にせよ
全部豊かに「ならなきゃ」と思ったから。
そして、一部分だけ貧しくしているのを歓迎していたのは、なんておかしなことだっただろうと思うことになった。
もちろん、何兆円も事前に持っていようと
するのとは違う意味でのことだ。
驚いたことは
自分の欲求を許可するほど
もっと欲求の「必要」が現れ始めて
それよりもっと強い
「要求」「命令」が必要になってきたこと。
「今、私をサポートして!」
「今、この痛みを超えさせて!」
「今、私はあの周波数に達させて!」
私の魂の力、魂の権利、
そういったものを主張して、
少しも弱らせないことが必要になってきた。
それがないと、今自分がやっていることが
進んでいかないと分かってきた。
ある人が「みえに言いたいことがある」と
直接、そうことを意志・要求・主張するよう
言ってくれもした。
それは、とても暖かくて、強くて、これまで言われたことのないような雰囲気で、だからとても、そうしなきゃと思った。
そしてこうなってみてはじめて、
「だから欲求を許可するというフェーズが
必要だったのか」と思うようになった。
自分の欲求を認識して叶えようとすることを
練習してこなかったら
もっと強い「要求」だの「命令」だのなんて
やろうとしても分からなかったと思う。
こればかりは口先だけじゃ
どうにもならないこと。
だから少なからず今、そうしようと思うことができるのも、それが大事だとすごく思えていることも、本当にありがたいと思う。
そして今は
「要求」や「命令」って本当に難しい
という壁に当たってる。
私にとってはとても嬉しい壁で
それができたら叶うと思っている
とても素晴らしいことがある。
それを、このような応援とサポートを得たり感じたりしながらできるなんて、本当に、何と言ったらいいか、ありがたいし、とても嬉しい。
また、それと並行して、
この肉体が高周波数を帯びることが
できるように
肉体もシフトする必要がある
というのもでてきた。
高周波に耐えられる器として
健康体、高機能体が必要になってきた。
また出てきた「現実的な健康」。
それを欲求しなきゃいけない。
コースでは散々避けてきた健康についての様々な考えなのに、今度は健康であれと。
色々なことについて
精神だけじゃだめだったのか
現実でもそうならなきゃダメだったのかと
毎日毎日思う。
自分の高機能の健康を求めて
やることの中には
物理的なことも、精神的なことも両方あって
どちらが欠けてもダメで
悪戦苦闘してる。
物理的に健康を自分に与えられないのは
古いスピリチュアリティの信念が邪魔してるし
健康への可能性の意志も関係しているし
肉体への敬意の払い方にも関係してる。
あまりにも肉体を悪いものと見てきたから。
自分の体験としては
高周波数が来るといつも
高いはずなのにひどく重いと感じ
実際に体調にもそれ感じられ
心にも重さを感じる。
自覚がまったくない
すごい抵抗なのだと思う。
もしかすると普通なら、救急車を呼んだり、寝込んだりし、その周波数に向かって行かず、保留にしたり引き返したりするやつなのかもしれないな、ともいつも思う。
繰り返して思ったのは、それでも続けていると、いろいろ助けやプロセスが起こり、数日たつとまったく何ともなくなること。おお、その周波数に慣れたか?イエイと思うようになってきた。
こうやって、この肉体が高周波数を
帯びることができるようになるという意味が、
少しずつ分かっていくのだと思う。
現実、幻想、夢、別の世界、別の次元、天国?
それらがごちゃ混ぜで
こっちもあっちもなくなっていくように
進んでいくんだろうなとも思う。
こういうことがあって、
自分の欲求が何なのかを深めて
それを叶えようとすることは大切だという
思いが、前よりももっと強くなった。
なにより、まずは、
自分の欲求が美しいと分からなければ
申し訳なくて 強く欲求などできない
欲求できないんじゃ
イメージも起こらない
欲求が許可できないんじゃ
何がガイダンスかも分からない
イメージが起こらないんじゃ
目的・目標がないんじゃ
要求もできない
欲求できないんじゃ
要求も、命令もできない
だから、欲求は門。
欲求は
フィジカルマインドでも感知できるのだから高度な領域にあるわけでもない。
とても使いやすい入口。
そして欲求には何層ものブロックがある。
だからうまく利用できる。
素晴らしい体験をしながら掘り下げることができる。
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そして、これら以外にも
欲求のエネルギーは実はなんてすごいのかと思うことがある。
なんと、努力しなくても、頑張らなくても、
自動的に勝手に発してる。
つづく........
