最近いちばん話したいことは…

これまで進んできた
“スピリチュアリティ”は
すごく軽くて、キラキラしすぎていた
という思い。

周囲を見ても

それがとても目についてしまって。

これがとても悲しい。

私は そうじゃない、それだけじゃない
もっとある
と心の中で叫んでいる。

邪魔などできず、頼りにしているものを折るようなことはできず、心の中で叫ぶしかない。

こんなことを悲しむなどというのは....私は傲慢だ、手放すべきと思ってしばらくいたけれど、徐々に分かってきたことは、その悲しみは素晴らしいのかもしれないということ。前提が「あなたにはもっとあるのに」だからだ。私がいる今の場所でも、特定の人たちが、私と同じように「なんでそうなる」と悔しがっている様子を何度も見せた。そして、ここではそれはついて回る悲しみなのだなと思うことになった。

 




これまでの私の“スピリチュアリティ”は
どこか神秘的で、

この物理的現実をしかと見ているようでいて
現実的に固さをもって受け止めず、
幻想というワードを頻繁に用い、
神秘的な領域でのみでの魔法を求めて
現実領域で魔法を使わず、実は恐れ、
完全に信じ切っている現実なのに
幻想というワードとともに見て、
消えるように・変わるようにとどこか願いながら、心は微妙に避け、
できる限り現実的ではない
神秘的なガイドや光に案内を求める。

私はこれまで実際に
神秘的な経験をしてきたと思う。
物理的にも神秘的にも。

いわゆる、普通ではない体験で
何度うれしい涙を流したかもわからない。

これらは本当に役に立ってきたし、
助けられてサポートされ、
とても素晴らしい体験だった。




けれども今は、それでは足りない。

くどくなるほど言いたくなる言葉は
「神秘的すぎてた」。

これは「ものすごい現実的、ではなかった」
ということだ。

たとえばジーザスだったら
「きっと今もいる」
「いつもいるはず」
「いつも一緒にいると書いてある」
「ガイダンスを感じたからいるはず」
「奇跡が起こったからやっぱりいたんだ」
「体感がある。いつも一緒にいるんだな。」
という、薄さ、キラキラさ、白さ、「きっと」
があったととても思う。



でも今はそれを

薄くて軽いものだったと感じる。

 

今とても必要としているは、
ガイドが具体的にいて、リアルにいて、
しっかりやり取りし、
まるでここでの人間同士のやり取りのように
関わることだからだ。

対等な立場で。


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ある世界・方法が表れて、サインインし、
実際に悪戦苦闘してはじめて
これまでどれほど具体的ではなかったかと
気づいた。

 

差し迫られる形で本当に濃くしたくもなった。
例外を設けていたエリアの広さと量の多さ。

差し迫られる形というのは、そこでは瞑想や、考え方や、そういった精神的な取り組み方についてはアドバイスもなく、一切提供しないからだ。

一切の入れ知恵・判断が起こらないように
細心の注意が払われていると感じる。
(という言い方がしっくりくる)

思考はすぐに領域を作ってしまうだろうから...
天国まで作ってしまう。

 



サインインしているその内容は

ここでは書きたくない。

それで、どうあれ私は、
神聖な本ですら、すごい人からの話ですら、
読んだこと、聞いたこと、言われたことが
とても邪魔になっていることに気づいた。

そもそもの、ゴール自体を疑うことになって。

もちろんあの頃は神聖なものが本当に必要だったし、恐れや罪悪感の正体、ある程度はその超え方も知っていなかったら、どうにもならなかっただろうと思う。
愛については….たくさん体験があった。

でも今は…
以前ゴールにしたり追及したりしていた愛と
今思っているアンコンディショナルラブは
別のもののように思う。



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とにかく今は
聞いたことがあるから、言われたからを
先に捨てる必要が出たり壊れたりし、
色々なことをちゃんと理解するのに
ちゃんと頭を使う。

理解すれば当然
自動的に意欲や簡単さや抵抗が起きる。

自分の中からどうすればいいか?も起こる。

完全にスルーしていた細かな部分でもあり
実は前面に出てた大部分も見える。

理解と納得というのはすごい。
もっと適用したくなるし、せざるを得ない。

これまでのスピリチュアリティとは違って
神秘的ではなく
現実的で、科学的で、事実的。

だから、神話ですら今は神秘的と感じない。

 

神聖なキラキラしたストーリーも
実は実際にはこうだった...などだ。

もしかすると
神秘が現実へと変化した
とも言えるのかもしれないね。



そして
これまでに知ってしまったこと vs 自分で
この方法が最適・正しいと気づいたこと
との戦いや迷いが何度も起こるようになった。

だから、古いものを捨てて、
自分で気づいたことの許可を自分に出すのが
一つの大仕事にもなる。

毎回最後には、なんでわざわざ
こんなに難しくしてきてしまったんだろう?
と思うことになる。

昔の私の道が
白くて軽いキラキラの道だとしたら
今の道は
色があって、重さがあって、理解が深くて…

 

…やめよう。どう表現しても大変そうに聞こえてしまいそう。

ああ、自分が本当に魔法使いになったようなもの、がいいのかな。……しっくりこない。

 

とにかく、私たちの魂はすごいということ。


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あれだけ
「自分はできる限り例外を設けずやっている」
と思っていたのに ぜんぜんだったことにとてもがっかりしたのは、最高だったと思う笑

コースや何かをやってきたことは
ほんの準備段階だったのか、
これまでやってきたことは
これからやることの概要だけだったのか、
とも思った時は、絶句だった。

あの、やっとスタート地点に立った感。
何らかのドアが開いたのかもしれないね。

もしこれまでの過程の順番が逆だったら、
きっと「引き寄せの法則」について間違った
とらえ方をしている多くの人と同じように、
私は相当ずれてしまったのだろうなと思うから。

先に今のこれに出会ってしまったら、
個人的な望む物理的現実、物理的環境を
求めるただの人間、みたいになって、
どれほどの遠回りになってしまっていたことだろうと思う。



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この現実世界について
望まないパラレル現実ではなく
望むパラレル現実へと自分をシフトさせる。

そうやって世界ごと連れていく。
そうやってアンコンディショナル、豊かさの世界に変える。

…変わるように見える形でシフトする。
実際には、世界や人を連れてもいかないし、
変えもしないから。



ある時、その力が自分にあるということを
本当に思って受け入れたとき、
真面目に、本当に、これはまずいと思った。

はじめて真剣に
「私はいったいどういう世界を望むのか」
と悩み続けた。

どういう世界を望むのかについて
自分にある責任の大きさや
自分の威力に気づいてしまって
真剣に考えなきゃと思った。

気づいてしまってというと
どこかいやらしい感じがする…
全部わかったような言い方...

でもそういうのじゃない。



そして、最終的にたどり着いたのは、
今の時点ではだけれど、

すべての人が豊かで、

自分の欲求が美しいからこそ
自分の欲求の望むとおりに与えれば万事益
となるのは当たり前で、

それはちゃんと自分のブループリントに沿っていることだからこそ、もちろん自由で、平安で、活発で、うれしくて与えるのを我慢などできず、

欲求しているのだから
「やりたくない」も「苦労」もありえず、

奇跡的な手配が普通で、
奇跡的なシフト(反映)が普通で、

自分のブループリントに沿っているから
自動的に他の魂の役にも立ち、

あらゆる次元、あらゆるパラレル世界を含めた、個々の魂に対してすべての人が敬意を持ち……

……そういう世界。



自動的に愛と平安にしかならないように
しない限り無理だ、と思うにことになった。

今となれば、そういう自動的さがないと無理だし、効率が悪いし、大変になってしまうと分かるけれど、悩んでいたその時は……何日悩んだことか。



あのパッケージと占術がなかったら、
こうは分からなかっただろうと思う。

これらは大きな許可証だった。
本当に占いを勉強してきてよかったと思う。

その許可証がなかったら、とてもではないけれど、罪悪感のせいで欲求を掘り下げられなかったと思う。

ましてや、自分の欲求だけでなく、
本人が気づいているかいないかにかかわらず他者の美しい欲求にも気づけなかったと思う。

自分の深い深い欲求にも、
他者の深い深い欲求にも
うっとりすることができたのは、
それがあったおかげだ。



自分にも、他者にも、深くに
どれだけ美しい欲求があるのかを知って、
本当に美しいと思えたとき、

あらゆる人に
「欲求をかなえていい」どころか
「ぜひかなえて」と思うことになり、
その思いはあふれて止まらないほどだった。
自分が何を望んでいるのか何で気づかないの、
と残念で悲しくもなった。

 

腹も立った。

 

そんなに美しいのになんでと。

 

 

 

そうなっていなかったら、怖くて、
犯罪者に「あなたの欲求をかなえていいよ」
なんて言えなかっただろうと思う。

プーチンに
「あなたの本物の欲求をかなえていいよ」
と言うようなものなのだから。

 

 

 

許可証の力は強い。

事実の力も強い。

 

今はもう誰かから、本から、
聞いた話を真っ先には使いたくなく、
もうだまされたくもないと強く思う。

何を聞くか、何を受け入れるかには
本当に慎重でありたいと思う。

これまでの多くの発見の中、
新しく発見したことというのは
初めから自分で感じてた、分かっていたことばかりだからだ。

その邪魔をするのは自分で、
自分に「それでいい」と言えない力不足、
許可証を自分に与える力不足、
証拠の尊重不足が原因だと思う。

だから許可証があってくれて
本当にありがたかった。

…話がそれてる。
時間とブループリントの話になるといつも…

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高周波数に耐えきれるほどの器となるよう
肉体自体を進化させようとしている。

正しい表現の仕方としては、進化ではなく、元に戻ると言わなきゃいけないのだろうけれど。言葉はやはりやっかいだ。文字を文字のまま受け取るということが起これる。
...いずれにしても、進化よりももっと好きな表現は「永遠なる創造」だな。


ここ地上でも、高周波数で振動できなければ
起こせないからだ。

高周波数が来ると恐ろしいとか、
何かを感じて跳ね返したり、引き返したり
してしまうだろう。



それで、早送りして、
ガイドが必要になった。

ハイヤーセフルを頼りにと来たけれど

具体的なガイドが必要になった。

だから、何日も、だれが私のガイドなのか、
だれが助けてくれるのかと悩んで、
要求し続けていたと思う。
もう祈るとは言わない。

もちろんシリウスもガイドだったし
本当に強烈なガイドだったのだけれど
シリウスが薄くてどうしていいか分からなくなったからだった。

言われた一連のことをやってみて、一山超えた感も大きいからか、なんだか落ち着いてしまっていた。

もちろん、これらの私の性質は
ブループリとに書いてある通り笑



そしてやっと。

ドラゴン。

これまでで一番具体的な関わりだと

感じている。

そして、またもや予想外でもあった。

ドラゴンだなんて言ったら
ファンタジーだと思われるのかもしれないね

私自身も、昔の私だったら、そもそもドラゴンと聞くやいなやスルーしていたと思うから。

でも今は、神話をただの神話だとは思えない。

ほんとうに、これまでの自分が思い描いていたあらゆることについて、「だまされてた」と思ってばかり。スピリチュアリティって…と考えさせられることだらけ。



このドラゴンをどう感じているのか…
間違いなくキラキラではなくて、
強く、パワフルで、強い選択で、私の魂の権利を尊重させるようサポートし、自信のある中での穏やさかさで、安心で、深い思いやりで、深いサポートで、対等で。

 

とにかく強さ。

 

 

 

このサポートがなかったら

昔と同じように、自分ではないものに自分を譲ってしまうと思う。

そして、どれだけ自分の魂を恐れに
売ってはいけないかが身に染みながら
進んでいる。

訓練とか、修行という感じもない。

どれだけアンコンディショナルラブを選択しなきゃいけないか、どれほど例外を設けないかで、一つ一つの選択がとても深くて甘い。



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ガイドはガイド。
あらゆることを選択し、実行するのは自分だ。

そしてガイドとのつながりの強さ
ガイドへの信頼の強さ
もちろんハイヤーセルフともそう、
それがあって、自分が選択することができる。

そして、選択してやってみると
実は自分は何もしていなかった
流されていただけだったと気づく。

本当に美しいシステムだと思う。
密接な共同作業......


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上の通りに、下もそうなる。
内の通りに、外もそうなる。

どこが本当の上か?については
私はあまり確信がないから言えない。

でも自分が身近に体験していることから
言うとすると

自分が強さと美しさを見出すほど
外はそうなる。

美しい事実ができたら
美しいものしかそこには絶対に存在できない。

 

法律やルールなんてなくても。

周波数上、不可能だからだ。

だから、ある人の「美しい」の定義が
どんなに間違っていても問題ない。

間違っていれば、その人は、
その美しい周波数には
存在できない、入れないだけだから。

だからこそ、私も高周波数に入れない

ということでもある。



自分の内にあるものが外にも表れる、
それだけだというのは
本当に美しいシステムだと思う。

そうでなかったら
何かを変えることなんて不可能だ。

全責任が自分に来てくれなきゃ、

外に力があったのでは、
変えられないからだ。



上の通りに、下もそうなる。
内の通りに、外もそうなる。

だからこそ、過去も現在も未来も
同じ信念が展開する。

内の通りの、外もそうなるからだ。

そういう意味で、脚本は書かれていない。
信念が変わったらどうなる?
ということだ。

 

本当に素敵。




マルチ宇宙という大きな範囲から
また、そのまた外から
人間の細胞という小さな範囲まで 
どこまでも、上の通りに、下もそうなる。

 

だから健康も、宇宙の話もそう。



私がそうなれば、そういうガイドも現れる。

私がそうなれば、世界もそうなり
次元を含めて、集団的にもそうなる。

どこまでも、どこまでも。

そしてすべて、

幻想的なのではなくて
証拠として現実的だと感じる。

 

 

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神秘の話とガイドの話が

したかっただけなのに。

As above, so Belowの話まで

色々な話にたくさん飛びすぎた。

一人で話すのって難しい😜