これを見たあと、ずっと響いているのは
“Who do you say I am?”
どうしてこの言葉なのか
あまりまだピンと来ない。
聖書の中で
「あなたはわたしを誰と言うのか」
とジーザスが問う。
そこでペテロはすぐに
「生ける神の子、キリストです」
と答える。
ペテロは霊に満たされて、心からそのように即座に答える。ジーザスとペテロはそこでひとつになっている。聖書のこのシーンはただの真理の言葉のやり取りではない。ジーザスは“ Who do you say I am?”と二度と聞く。
だとしたら、このドラマでなぜ “Who do you say I am?”なのだろう?鏡が自分の暗闇を映している、それにNoという力も自分にあるという以上の何か。
私に向かって
霊に満たされたような言葉
圧倒されて喜んでいる姿
感謝の言葉
それもということか?....
ああ
わかった。
どれほど自分を罪深いと思っても、そしてそんな自分を赦せないと思っても、「わたしは世に、つまり自我に勝った。元気を出しなさい。あなたはわたしを誰だと言うのか?」と言うジーザスは、必ず私を助けることができ、勝つことができる。私に必要とされているのは「あなたは神の子、キリストです。」と言うほどの私からの信頼のみだということ。
鏡に映るものがどんなものであっても、
私は鏡をじっと静かに見て、「これは私ではない」と言って壊す。そしてその先を見る。
数日前に見ていた、人という鏡が粉々に壊れる映像...
このドラマと、粉々の鏡と、“Who do you say I am?”はセット。