ラブレター...
字幕をつけました。ジーザスがこれを自分に向かって歌ってると思って聞いてみて。
ジーザスはもちろん、何かを欲しいとは言わないし、ボロボロにもならないし、傷つきもしない。
それでもあえて、こんな風に表現してまで「ちょっとの愛を自分に落としてくれないか」と言っていると思って聞いたら...
その甘さの強烈さを表現するために、たとえを使って歌ってくれていると思いながら聞いたら、涙がこぼれるかもしれません。
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Sugar - Maroon 5 (日本語字幕)
下の動画は元動画です。
みんながどれほど喜んで
目を輝かせているか。
Maroon5が数々の結婚式に突入します。でもMaroon5が来たからとか、そういう具体的な意味抜きにして、みんなが躍り、目を輝かせて、喜んでいるのを見るための意味として見ることができます。ストーリーを脇において、ジーザスの意味を見るのです。
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車に乗ると娘は必ず曲をかけます。そしてこの曲がかかると私は必ず考えの全部をストップして、「Wooow 来たーーー」と言って、運転しながら踊ります。
そして音量を急に爆音にして、二人で馬鹿みたいに踊って歌いながらドライブするんです。それはとても自然で楽しい!そして明るさと軽さが復活します。メロディーも、音も、雰囲気も、強烈に甘い曲。
それで私は、どうしてこの曲で毎回こんな風になるのか、ちゃんと自分で歌詞を見なきゃと思いました。
この曲がかかると、私は間違いなく、ジーザスが自分に歌っていると感じて、聞かなきゃと思うからです。
他の方が訳したものを見ましたが、何か違いました。だからジーザスが自分に歌っている目線で、自分で訳し直さなきゃと...。
そして、ジーザスが私の愛に浸るという表現、その他いろいろな表現は、ほんの少しでいいからどれだけ愛に向いてほしいかを示していました。
確かに、この曲が好きなことは、私の好みが大いに関わっていますが、でもジーザスが伝えたいことは好みを超えると...。
神聖な歌だけが神聖なわけじゃない。
どの曲も、どの映画も、どのシチュエーションも、再翻訳できます。