スピリットの力のすごさを目の前で見ることは、本当に説得力があり、こんなことは人間にはできないと思うからこそ、スピリットが本当にここにいると思わせてくれる。
ある方が鑑定を受けにきた。現実的、物質的な星をたくさん持ち、精神的なことになどまったく興味がない。もっと昇進したい、上に行きたい、会社を改革したいと熱く、それがうまくいかないと不満と怒りを持っている。
こういう方が真理的な内容を受け入れるなどとは、きっと誰も思わないだろうし、たった1時間で心をひっくり返せるなんて想像もできないと思う。
でも、それが起こる。
鑑定の後半へ行くほど、内容は、あなたが本当は地位をどれだけ求めていないか、それを得ても幸せになれないと気づいていること、本当は何を欲しがっているのか、について理解できる状態が出来上がっていく。
今日は最終日には、
あなたが憧れられるような存在になり、あなたの喜びに人が寄ってくるようになり、あなたの愛に人が寄ってくるようになり、地位は、あなたが自分の手でゲットしなくても、必要な完璧な地位につくことになる。それは、美しいあなたにその地位でいてほしい存在が、その地位を用意するからだ。そしてなによりも、形ばかり必死で得た地位よりも、あなたのことが好きで寄ってくる人たちに押し上げられた地位は、この世でいちばん安全で奪われることのない地位ではないか?それが、強く大きいということではないか?そのように生きることは、ある場所での役目を終えれば、つぎの場所で次の地位が用意されるというような生き方だ。そういう、この世の地位でない地位の方が目標として高くはないか?そうなればここの世界の小さな組織での上か下かなど、どうでも良くないか?
こんな話までし、愛の力のすごさについても話した。私はまさか愛という言葉をこの人に持ち出すなんて信じられなかった。さらには、受け入れるなんてもっと信じられなかった。
現実主義ゴリゴリの彼は、椅子にだらんと座り直し、天井を見上げて「あああ」と言った。
そして「俺の胸のところで今熱くなっているのは何なのか」と聞いてきた。
私は少し絵を描いて、この真の自己からの呼びかけだと言った。私たちはこれが本当の自分で、この自分に戻るためにこの人生を生きているということを話した。
また、今感じているその胸の熱さと、今抱いているであろう気持ちが、言葉で表せないような感じがしないか?その言い表せないということ自体が、それが地上のものから来ていない証拠だとも話した。
彼は気持ちよさそうに椅子にもたれながら
「こればやばい」と言った。
そして、地上の地位を求めていた自分のちっぽけさも感じたようで、「俺ちっちぇー」と言った。
私にとって、いつも、こんなにも現実主義ゴリゴリの人が天の少しの味わいをし、地上のものではない何かを探し求め始めることは、とても大きなミラクルの一つだ。人間にはこんなことできないといつも思う。神の「か」の字もない人が、神を信じている人よりもずっとリアルに実体験をするのだから。
これを味わって、もう一度味わいたいと思わない人はいない。
今までと違うやり方について、できそうな数々のことを私は提示した。そして彼は、それにやる気をみなぎらせた。会社に行く意味が新しくなった。
私は、スピリットがどの一人一人もどれほど気にかけているか、どれほど手配しているか、その人がどれだけ愛されているかを目の前で見ることができ、それがどれだけ私を助けてくれているかと思う。
そして、そういったことを話した私は、彼とまったく同じことについて、自分について安心することにもなる。たとえば今日であれば、本当にこの世の地位は何もいらず、地上の人から認められることもいらず、地上の人に好かれることもいらない。でもきっと彼は私でない私を認めてくれたはずで、その崇高な天からくる地位だけを私は求めればいい。こう思うことができる。