喜びが理由なく湧く。


それなのにいつのまにか複雑さに入っていた。間違った状態にいる自分に気づいて、とにかく静まりはじめる。自然と、自分には何もできないことなどを思い出し、考えなきゃと思うこともやめてよかったのだったと思い出す。すると戻ってきた。理由なく喜びが発生するのと、心の軽さが。でも私は、そう喜びを感じながらも疑いはじめた。


「こんなに簡単に(考えるべきことを)

 すませていいのか?」



そこへ、柴犬を連れた年配の方とすれ違う。その柴ちゃんは、ピョンピョン飛んで私とアローの方へ向かおうとする。リードを離したら、どこへでも行ってしまうそう。6ヶ月だとか。するとその飼い主さんは、その柴ちゃんのことを愛くるしく見て、何度も何度もこう言った。


「ははは!

 この子はなーんにも分かってないんです」


「ははは!

 この子はなーんにも分かってないんです」




私の疑いはふき飛んだ。


「なーんにも分かっていなくていいんだよ。それでいいんだよ。」と言われたと感じたからだ。


しかもあんなに軽く、「ははは」と笑いながら。


通行人Aが、わざわざ通りすがったように見せかけて、伝えてくれているようだった。


「今のこの感じが幼子か。これでいいんだ。」とも思った。




その飼い主さんと柴ちゃんと離れてから、声を出して笑った。心も体もとてもとても軽くなり、疑うのを簡単にやめることができた。


そして喜びは今も続く。


その後、家族とも喜びの中 過ごす。再び闇に入っている息子に平気で話しかけ、それが彼の鎖を緩める。そして家族がいる場で平気で彼と神ごとを話す。こういう話を耳にしたくない人がその場を去っても気にしていない。また、暗い顔をした家族の誰にも平気で話しかけ、反応も気にしていない自分が見えて、自分がどれだけ恐れていないかも見える。


うしろめたさ、犠牲、気を使う、そういったものがない。誰かを元気にさせようともしていない。ただ、平気であらゆることをしている。


なーんにも考えていないというのは、後のことを何も考えていない。そしてただ胸に喜びが発生している。それは出来事とはまったく関係がない。