ユニークで深い一日。

 

娘にでた久々の喘息で、病院へ吸入器をもらいに行こうということになった。そして病院の帰りに、念願のパンケーキ屋さんに行くという予定がたった。私たちは懐かしくて雰囲気の好きな病院と、パンケーキ屋さんに行くのはどちらも楽しみだった。

 

病院では、受け付けをし、コロナ対応でのシステム上、車で待つことになった。病院の売店で少しだけ病院の雰囲気を楽しんでから車へ行った。

 

事務の方、看護師さんなど、代わる代わる車へ来る。

 

看護師さんは、娘はコロナの検査をしなければならないと言った。検査をしないと病院内には入れないからと。

 

娘はもともと、コロナの検査をとても嫌がっていた。鼻に棒を入れられることに、小さな頃からのトラウマがあったからだ。

 

看護師さんは「そんなに検査を嫌がるのは何かあるのか」と聞いてきた。私は「小さな頃からのトラウマがある」と言った。

 

でも看護師さんは、同情もせず、冷ややかな感じで、力を抜いた方が痛くないなどとアドバイスしながら検査作業を進めた。娘は、力を抜こうと頑張っていた。いきなりコロナ検査が迫ってきて、あれよあれよという間に検査になり、覚悟をする暇もなく、鼻に入れる棒を持った看護師さんが目の前にいる。

 

私は、何かが起こっていると思っていて、とても暖かい目で「今、何かを超えるところだ」と思いながら見ていた。

 

もちろん、おかしいと思っていた。その少し前に、私と娘は、小さい頃のそのトラウマの状況を思い出して話していた。そこへコロナ検査が来て、私はわざわざ看護師さんに「この子はトラウマがあるんです」と話し、看護師さんはそれに取り合わず、何も返事せず、良い態度とは言えないクールさで検査を進めた。娘としては、助手席に座っている自分に逃げ場はなく、考える暇もなく窓の外から手が伸びてきていた。私はとても集中していた。

 

鼻に棒をいれる検査が終わって看護師さんがいなくなると、予想通り娘は「もう大丈夫だわ。もう怖くない。」と言った。私はトラウマが終わったと思い、ただ「そりゃよかった」と言った。その後娘は、あの看護師の態度が嫌いだと言い、私たちは笑い、しらっと終わった。娘は癒しのプロセスがあったなどと思ってもいないが、どうやらいろいろなことが分かっているように思う。そして私はそれを目撃していることができる。説明もアドバイスもいらず、私たちはいろいろな点で手っ取り早い。

 

 

次にまた誰かが来た。検査の結果も知らされぬまま、娘の症状を聞いてきた。結局のところ、吸入器をが欲しいと私は告げて、分かりましたとなった。先生だったようだ。けれども、私が聞いたと思ったことと、娘が聞いたと思ったことがまったく食い違っていた。だから私たちは、私たちの聞いたことのどっちが正解か、吸入器が一体どうなるのかわからず、「さあこれからどうなるかな?」と冒険モードになった。

 

どうやら、全部がドライブスルーで終わったようだけれど、どう見てもいろいろおかしいと二人で笑った。病院には入れないからとコロナ検査をしたのに、病院にはあれから一歩も入っていない。それに、病院に入るために検査するなら、ママだって検査が必要だったはずだ、というわけだ。しかも、いまだにコロナ検査の結果は知らされていない。私たちは、今日は何もかもぐちゃぐちゃだと大爆笑していた。

 

みんながおかしいのではなくて、「うちらの耳が おかしくなってんじゃね」と笑いながら車で待っていた。

 

処方箋も車に届いて、薬局へ向かった。「さあ、今度はどうなるかな?!吸入器はもらえるのでしょうか!」だった。

 

薬局では、私が先生から思った通りの吸入器が用意された。それに関してはなんてことなかったのに、でもまた、薬剤師さんがおかしかった。

 

吸入器の使い方など、いろいろ説明してくれるのだけれど、本当に何を言ってるのか分からなかった。話す言葉の半分がモゴモゴして何度も小さくなり、何にも聞こえなかった。私は、一生懸命必死で聞こうとしていて、それでも聞こえなくて、だんだん笑いが込み上げてきた。

 

聞こえなくなるたびに、私は、吹き出しそうで、やっと我慢していた。でもとうとう我慢できなくなって、思い切り吹いてしまった。すると娘は慌てて薬をつかんで、ありがとうございますと言い、私の手を引っ張って、走って外に連れ出した。

 

そして薬局を出た瞬間、二人で地面に転げて笑った。娘も頑張って我慢していたらしい。でも私が吹き出してしまったので、彼女もこらえられなくなってしまった。しばらく笑って動けなかった。「本当に 今日はどうなってるの」という感じで、楽しくて仕方なかった。

 

そのあと、パンケーキ屋さんに行けば、また店員さんが何を言ってるのか分からないモゴモゴで吹き出した。

 

今日は、誰の話も分からない。それでも、必要なものはそろって、美味しいものをお腹いっぱい食べて、そこの雰囲気も音楽も最高だった。

 

パンケーキ屋さんでまずかかっていた音楽は

"EVERYTHING'S GONNA BE ALRIGHT"

「すべては大丈夫♪」

 

 

 

 

私がずっと思っていたことは、聞こえるものも聞こえていないものも、本当にどうでもいいのだということ。それを体験で教えてくれて、方法も本当に面白すぎた。把握していようといまいと、物事は何の問題もなく流れていく。薬剤師さんに笑ってしまったけれど、心の中に馬鹿にした気持ちはまったくなく、ただ、示してくれる流れを楽しんでいた。

 

もしそうでなかったら、私たちは怒ることもできただろう。全員に怒る理由は充分あるし、聞き返したり問いただすこともできた。コロナの検査結果もこちらから聞くこともできた。でも私たちは二人とも、一度も聞き返さず、次はどんなコントの展開になるのかの方が楽しみだった。「こんなに全員が何を言っているか分からないくて、筋も通ってないなんてことがある?!」と、とても面白かった。

 

コメディの中、娘は恐れのトラウマを一つ落とし、私はそれを見た。自分の耳がどれほど役立たずかも体験した、楽しい小旅行だった。

 

 

 

 

その後の娘のバイトの様子もユニークだった。

娘はバイト先にいる人たち数名に、イジワルなことをされたり、あっちからこっちから文句ばかり言われたそう。やってもやらなくても、どうやってもどこからか文句を言われるのだと。そういうメンバーの日だったようだ。娘はそうとうにムカついていたことや、だからといってそいつらに好かれようとはしない、好かれても嫌だなどと愚痴った。彼女は落ち込みはしない。私は「本当に今日は面白い日だ」と言い、娘は「ホントだよ」と言った。

 

一つ突破した後のエゴのバックフラッシュは、お決まりのことだ。彼女はその取り扱いも上手。さらっと、もう笑っている。

 

 

 

私にもその後あった。

私が動揺しているのは、存在しない何かを見ているからである』の適用をしていて思った。『存在しない何かを見ている』というのは、今、自分の中に浮かんでいる考えの方に適用すべきではと。その時、長年とても腹を立てている人が対象になっていた。何度赦してもうまく赦せていないと感じていて、こんなに長く深い怒りを、今すぐどうすることもできないだろうと思っていた。

 

でもそう適用すると、突然胸がスーッとし、怒りも何も消えて、その人を怒ろうと思っても何も思えなくなった。それから数名怒りの対象が思い浮かんだが、全員そうなった。そして怒れないどころか、何も考えることができなくなった。素晴らしかった。こうであってこそ、聖霊の声のみで生きることができるのだと思った。けれど一方で、別の恐れがゆらゆらしていた。

 

そうなって気づいたのは、怒ることができないというのは怖いということ。考えがないことを怖がっているということ。何の把握もできないということは、怒ることも恐れることもできず、そうなるとなんの予測もできず、何の対策もできないからだ。驚いた。私はこれまで、怒りを使って予測することができていたのだ。怒るべきことを四六時中探して、検討して、対策していたようだ。

 

大変なことや嫌な起こっても対処できないのは困るから、一生懸命に自分の心の中を検索して、怒ったり憎んだりし、その怒りの感覚を何度も思い返して何度も確認し、事前に把握しておき、事前に腹づもりしていたのだ。

 

その探す必死さと、回数の多さは、秒単位どころではない。Googleの検索力くらいあるのでは。しかもGoogleのように冷静ではなくて感情も動いている。

 

それができなくなることが怖いのだ。

危険予知ができないから。

 

 

 

そう必死でいる心の部分を認識しつつも、怒れず、考えられないというのは、とても素敵だった。今まで、こんなものを真面目に聞いていたのなら、幸せを感じられないのは当然だ。

 

だから今から、恐れないことへの恐れに向き合っていく。

 

クルーレスはとても幸せで安心で、どこか怖い。

 

それでも今日は、その恐れの声がどれほど軽いものなのか、外の声も内の声も、どれほどどうでもよいか、どれほど本当は存在しないのか、笑えるものなのかのも事実として見た。素晴らしいクルーレスへの旅だ。