『永遠なる聖性が 私の中に宿っている』
私の聖性は、
私の理解力や知力を はるかに凌駕している。
「オッケー “奇跡は意図せずに起こる”か」
と思いながら
このレッスンをしつつ散歩を楽しんだ。
宿っているものを見たい
ずっと期待しよう
などと思いながらワクワクした。
ずっとニコニコして
歩いている自分に気づいた。
ふとアローを見ると
体中、ドロボウだらけだった。
でも本人は
そんなことになっているとは知りもせず
何事もないみたいにスタスタ歩いている。
🤩 🤩 🤩 ✨
ステキな教え方だと思った。
『奇跡は意図せずに起こる✨』
のふるまい方と、
実際に何が起こっているかの
デモンストレーション。
アローは、知らないうちに種をどこかに落とし、その種はどこかで芽を出す。
でもアローは、種をまいた記憶も、芽が出たかどうかも知らない。
ドロボウが聖性。
アローは何も知らない。
それがいい。
ただスタスタ、ニコニコと
歩いていられること自体が
在り方なんだと。
アローを見て笑っている私を
アローは
「何か?」みたいな顔で見返してきた。
それが在り方。
宿っているのだから
その在り方が世界を聖性で包んでいる。
理解を超えて。
