娘の友だちが泊まりに来た。
いつも、子供たちの友だちが泊まりに来る時は、何かの節目のように感じる。毎回、いろいろタイプの友だちが来て、実際に実行しなければならない強力なレッスンとなる。
今まででいちばん印象に残っている強烈なものは、息子の友だちが来た時だ。その子は、親からひどい扱いを受けていて、お金まで取り上げられたそうで、助けたい息子は家に泊めることにした。私はドラマのような話で、この見捨てられた貧しい子という設定に相当な取り組みが来たと思った。親に見捨てられた自分が来る。
私と息子は話し、お金を貸そうかなどと考えもした。けれど私たちは祈り、それが解決ではないということになり、その後は話し合うこともなく、友だちが来る日を迎えた。
彼は、正月中一週間以上も家にいだのだけれど、私と息子は、同じ選択をし続けていたと思う。彼に何もせず、いじらず、アドバイスもせず、何も聞かず、ただ一緒にいること。
一緒にドライブし、一緒にご飯を食べ、おしゃべりした。毎日これで良いのかと不安になり、いつまでいるのかと思い、いつまでこれが続くのかと思った。
ただ一度だけ、私は言った。
私たちは戦場ヶ原に星を見にいき、道中、彼のスマホにある曲を流し続けた。彼の曲は、ずっと闇に入ったままの歌ばかりだった。私はいつ光に向かうのかと期待しながら歌詞を聞いているのに、闇から闇へ飛ぶ。
私:「いつ光に向かうの?こういう歌しか聞かないの?ずっと闇なんだけど。これ聞いて心ん中で何してんの?」
彼:「そうなんです。昔彼女にふられて悲しかったこととか思い出してるんです。」
私:「ちょっと!闇から出なさい!光に出なさい!」
そして、私と息子と娘と彼で大爆笑した。
22才の今どきの子に、とっさに出た大声が「光にでなさい」だったことが私はおかしかった。
そしてとうとう彼は家に帰ることにした。私と息子は何も話さなかったけれど、自分たちが同じ選択をし続けていることを分かっていた。彼にあげられるのは愛だけで、でもどうやってあげたらいいか分からないから、とにかく一緒にいよう。ジーザスがその時その時に教えてくれるだろう。そして、彼が幸せになって帰って、私たちは暗黙で何かをやり遂げた気持ちだった。
その後も彼は、家が好きで、宮城から何度も泊まりに来ている。来るとしばらく帰らない。今時どきのオシャレなイケメンが、何もない家を好きになってくれて、私たちはとても嬉しかった。彼は今も、私たち家族に嫌われたくなくて、好かれたくて、いつも気にしている。
その時も、それらのこと以外の私の練習は、No people pleasing だった。
今回の娘の友だちも、私はNo people pleasing の練習だった。
ゲームに誘われても本を読みたいからやりたくないと言い、つまらない話に笑わず、いろいろ正直にいた。まったく「お母さん」ではないのに、それでも寄ってきて、たくさん私を笑わせてくれた。
人間的には、これだけでも普通じゃないことをしていて、楽になったと思うのだけれど、今回はそれでもヘトヘトな心になっていることに気づいた。
そして今朝、デイビッドの一言が浮かんだ。
自分を肉体だと思うことはpeople pleasing。
なぜヘトヘトだったかというと、これが原因だったと思った。これではまだ、人間として人間に正直をしているだけだ、だから疲れていると気づいた。夕飯やお昼ご飯にどんなものを食べさせたらよいかと心配をしている私の母親が、私の本当の心の内を表していた。接待しなきゃいけないという気持ちがまだあった。娘たちは、いたって正直に私にいろいろ言ってきていて、私へ要求もあり、それにどう反応するかは本当にいちいちレッスンだった。二人のやりとりはいたって正直で、尊敬する。だから私は彼女たちを送ってくれた人たちだと信頼できた。私が答えるのに困るような正直にならなければならない機会がたくさんあることに、本当にありがたかった。
接待しないことに恐れを感じていること、人間モードでいないと受け答えできないんじゃないかという恐れ、スピリットモードだと考えられなくなって失礼になってしまうのではないかという恐れ。
それに気づいて助けを求めた。こんなに強烈な強い思いがどうにか変わるなどと思えない中、なんとか続けた。
すると、友だちの話し声が聞こえた。
「ああ まだ帰りたくない。ナナミん家 すごく居心地いー。あー もっといたい。帰る時間遅らせる。」
もちろん私は ワオと思った。とても幸せな気持ちになり、接待ではなく導いてもらうしかない。だから全部任せる、と思った。
するとすぐに娘が来て、お昼ご飯の話をしてきた。私は正直に娘に、私の母が言ったようにはビシャモンにご飯を食べさせには行きたくないと言った。娘は、自分もそんなに乗り気ではないけれど、当分そこには行けないだろうから、美味しいからとりあえず行こうと言った。私はジーザスに言われているバージョンの聞こえ方になることができていて、素直にそうだねと返した。
けれど、友だちの方は行きたくないということがわかって、結局は行かなかった。
気分が楽しくなった私は、娘にお化粧してもらって盛り上がり、娘は友だちにもお化粧を指示通りさせて、3人で楽しんだ。
その後、私は自分の仕事場で好きに過ごし、娘は昼寝していたそうで、その間友だちは何をしていたのか分からない。
彼女は帰る時にバイバイの電話してきてくれた。私はいってらっしゃいと言い、彼女は行ってきますと言った。この何もない暇なところにまた来たいそう。理由は、ここが好きだからという。
私はまた、学ばせてもらった。
みんな「お母さん」脱出と人間脱出をさせに来てくれる。
娘の友だちが来ても、息子の友だちが来ても思うのは、みんな本当に正直。お互い気を使わず、あの時イラッとしたなどと平気で言う。ケンカが始まって、出て行ってしまうこともあった。でも帰ってきて一緒にご飯を食べる。
ある時は、好き嫌いの多い子がいた。私が気を使ってその子が食べられるご飯を作ったのに、食べず、どうして食べないのかと聞いた。すると「気分じゃない」と言った。
その時、私はどれだけ気分が良かったか!理由が「気分じゃない」だけだった。「そうか、そうやるのか、なんて正直な理由!そうだ、それ以外理由はいらないのか!わかった!最高だ!」と思った。私はこの子ギャルに教えてもらうぞと楽しかった。シカトし、ブスッとし、うるさいと言い、帰れと言い、正直な態度をたくさん練習させてもらった。でも彼女は私を咎めない。私をみーさんと呼び、みーさんをいつでも何かに誘ってきて、私が参加すれば楽しみ、参加しなければそれでも気にせず楽しんでいた。本当にすごいなと思った。私が前髪があった方がきっと似合うよと言ったら切ってしまった時、何が起こってるの?と思った。
毎回、レッスンがたくさんで疲れるので、誰も来てほしくない。私のルーティンを壊して、絡んできて放っておいてくれず、大変なレッスンになる。娘は学習者ではないけれど毎回、私は息子と娘に頼る。いいタイミングでそこにいる。自分の気持ちをそのまま正直に言うと、さらっと聞いて、必ず、何もしなくていい、そんなことをする必要ない、どうしてしなくていいと言っているのにそうなるんだと言う。
息子以外、コースのこともスピリチュアルなこともまったく知らずの人たちが、どうしてこんなにすごいのかといつも思う。みんなpeople pleasingをやめられるように、また肉体では通用しなくなるようにと、こうして助けに来てくれるのだろうなと思うしかない。今どきの若い子たちが私を相手にしてくれること自体おかしなことだともいつも思うし、こんなにあり得ない正直さのやり方を見せてくれて、私が同じようにしても嫌な顔ひとつしないなんて、おかしなことだと思う。みんなすごい。
そして今回は、私の強烈な気持ちなどお構いなしに、それでも祈りの力がすぐに、同時に、空間も人も変えてしまう神の大きさに驚いた。
神を神にするのは私だと
また思うことになった。
そして、自分を肉体だと思ったらもうpeople pleasing。これはなんて素晴らしい一言かと思う。