闇が深く険しいとき

赦しをどうこうなどと言っていられないことがあります。

 

そこで、この映画を使って

突破しろ、耐え忍べ

とスピリットは言います。

 

それは、これが理由です。

 

『聖霊は闇を握っており、あなたは闇を握っている。私は闇を握り、聖霊が光を握る。聖霊とあなたの両方が一緒にこの二つを見るとき、それらは共存できない。聖霊の判断が必ず優勢となり、あなたが自分の知覚を聖霊の知覚に合一させるとき、聖霊は聖霊の判断をあなたに与えてくれるだろう。』

 

これが役割です。

 

そういうことならば、

必ず優勢となることを期待して

いくらでも喜んで

闇を握っていることができます。

 

 

 

 

 

スピリットは映画KINGDMに何度も誘い

これをさらに具体的に教えてくれます。

 

1も2も何度か見るかもしれません。

 

これは

心の中で起こっている戦争の映画。

 

この映画を通して、赦しもできなくなってしまっているようなその戦争に今どうしたらいいか、を教えてくれる。

 

完全に戦意喪失した心に

強さを取り戻させてくれる映画。

 

 

「敵を倒す必要はない。

 ただその闇を突破しろ!」

 

「ただ耐え忍べばよい」

 

その掛け声一つで戦意は蘇る。

 

それだけでなく

敵にどう対処したらよいかを

この2つのフレーズに集約してくれている。

 

「耐え忍ぶ傍らで 光ははたらいている」

 

そのことを信頼するという戦意が

戻ってくる。

 

 

 

 

 

 

友を信頼し、

光に向かうたびにさらに友が加わる様子も描かれている。

 

力を貸せと命じる強さも描かれている。

 

ワークブックにあるとおり、スピリットには命じる。

 

 

 

闇が深く険しいとき

赦しをどうこう言っていられない。

 

そこで、この映画を使って

突破しろ、耐え忍べ

とスピリットは言う。

 

私は闇を握り、スピリットが光を握る。

 

役割。

 

そうすれば必ず光が優勢になる。

 

そういうことならば

いくらでも闇を握っていることができる。

 

 

 

信は限界の時には漂の目を思い出し、

また終始自分の限界も身分も考えることなく

心に従う。

 

嬴政は一つのたじろぎもせず

国境を失くすと宣言する。

 

王騎は常に余裕の微笑みを浮かべながら

自分の手の内ですべてが起こり

守り、手を回し、

立っているのみの強さ。

 

王騎と麃公のたたずまい。

 

全員が闇には断固とした態度。

 

 

 

スピリットを選ぶことは戦争するのではない。

 

でもいつも感じる。

 

エゴを見続けたいときにも

それにNoと言いたいときにも

絶対に強さが必要だと。

 

スピリチュアルの道というのは

任せる委ねるの道でありながら

とても力強いもので積極的だと。

 

「ごちゃごちゃ言ってねーで」やる。

 

その強さや勇気の後に甘さが来る。

 

 

こうして

今自分がしていることがわかれば

また恐れは去り、強さが戻る。

 

そして、敵になっていた周囲も

今赦せと身を乗り出してくれているのも見える。

 

こんなに強力な闇の敵を光に変えられるというなら、どれだけ光が強いのかを知る機会に変わる。

 

どうしてキングダムを見たのかが分かれば

どのシーンも強さと信頼を思い出させてくれるシーンになる。