最近たびたび、占いをやっていてよかったと深く考えることがある。
今日の発見は、
「怒りに見せかけて、実は
ただの怒りではないかもしれない」
というもの。
私は昔からよく、
「頭に来た!ちきしょうやってやる!」
という極みに達して
決断し、実行することがある。
YouTubeを自分で翻訳しようと
決めたのもその一つ。
私は、実は頭に来たからやりはじめた。
何本か字幕付き動画ができてみると、
「みんなもこれを見たいだろうな」と思った。
でも、勝手にそのようなことはできないという思い、変に隠し持っているような気持ちを持ちながらすごしていた。そこへアンディから突然「インスピレーションを受け取ってるんじゃない?」のメッセージ。私は「バレた」ととっさに思った時、正式にはやりたくなかったのだろうと気づいた。それがボランティアのきっかけだった。
「こんなことやっていられない!」と頭に来て作り、できてしまうと「きっとみんなも使いたいだろうな」と思うことになる。頭に来たから実行したことがたくさんあり、そうしてできたものは、だんだん大きくなり、多くの人たちにいつも役立っているように見える。思わぬ収入になっているものまである。そして決まっていつも、そうなることは予想していない。
私の星は、そういう星々だ。
暴れん坊で、武士の星で、行動の星で、男の星。決断力がある星もあり、その力を24時間使っていると言ってもいい。反対に、決めないとまったく動けない。
だからこそ、「暴れん坊の星」と「決断力の星」がコラボすれば、頭に来た時にこそ絶対の決断をすると言える。
コミットメントが起こる。
頭に来た時の「やるぞ」アドレナリンがすごいのは、自分でもとても観察している。無限に力が湧いてくるのが分かる。
多くの人は暴れん坊と聞くだけで、悪い星と判断するだろう。けれど、ちゃんとコースと一致して占いを使えばそうはならない。それが私のスキルであり、それをスピリットと使う。そして、スピリットはそのスキルを世界を救うために利用したいし、利用するしかないし、私も利用してもらわない限り幸せにならない。
人はみな、自分の意向で
自分の数々の星を使うからうまくいかない。
星はどれも素晴らしいのに、
使い方と使う方向が分からないのだ。
自分で使い方を計画までするから
上手くもいかない。
コースのやり方もそう。
その星なりのやり方がある。
自分の星というのは、
努力しなくたって簡単にできるスキル。
だからどんなに褒められても
まったくすごくはない。
よく実行力があると言われるけれど、暴れん坊の星であり行動する星を持っていたらやらないことの方が難しい。
だって、もともとそれができるように
できているのだから。
コースの言葉で言えば、
自分はそのスキル、あの人はそのスキルと
自分で脚本を書いている。
一人に星を13個も持たせている(笑)
そして自分にとって簡単だからこそ、
自分では、それがスキルだと自覚できない。
簡単だからこそスキルと呼ぶにもかかわらず。
努力してくっつけた能力は
「それもできなければならないのか?」と
無理やり頑張って付け加えた力なので、
使ったり、維持したり、改善させたりに
疲れてしまう。
だって、もともとその星をもっている人と同じようになんてできるわけがない。それなのに、できないと自分を責める。これで多くの人が苦労している。
デイビッドやマザーテレサなどの星もよく見る。それぞれが落としてきた重荷の一つ一つが星にちなんでいて、ジーザスはその人に分かりやすい方法で落とさせるように持っていくのが本当に上手。
あらゆる場面で、
もちろんコースをやるにしても、
自分の星を自分で使うか?
それとも
スピリットと使うか?
ということに尽きる。
そいういえば、占いさえも
頭にきたからやったかもしれない。
占いが無かったら、
こんな解釈はできなかった。
頭にきている時点で、
「赦しネタだ、いけないことだ」
となってしまうだろうし、
「私の場合は、頭にきて決断したときに、それはスピリットと一緒に決めたのだ」
などという解釈もなかっただろう。
決断が得意な私に対して、
決断にまごつく私に決断させてくれる。
スピリットは本当に上手。
上手に星をコラボして利用して
「とうとう頭に来るようにさせてくれる」
すべての人は、本当に間違っていない。
自分の解釈だけが間違っている。
本当に誰もが素晴らしい星を持っていて
スピリットはそれを使いたがっている。