防衛

 

『あなたが未来を計画したり、過去を活性化したり、自分が願う通りに現在を組織しようとしたりしようとするときにしているのが、まさにこれである。』

 

脅威の感覚とは、内在する弱さの承認であり、適切な防衛をするようあなたに呼びかける力のある危険があるという信念である。』

 

など。

 

生活活動においては、これは思いつく範囲においては無理なくできている気がしていて、あと何を防衛しているのか分からなかった。

 

心に重いものがあり、

何を防衛しているのか探していた。

 

 

そして分かったのは、

その重いもの自体をどうにかしようと考えていること自体が防衛だったということ。

 

 

外の世界に対する防衛についてではなく、

内で感じているものについての防衛。

 

この重苦しいものを消す方法として

テキストのどこかを読もうかとか

静まろうかとか

 

それ自体が防衛だった。

 

何を読もうとしても

何をしようとか、しないとかをしても

どれも違うと感じたのはそういうことだったのか?

 

 

たとえどんなにただ静まったところで

すでに方向性を持って、

つまりこの重苦しさをどうにかしようとする攻撃を持って静まっていることに気づいていなかった。

 

確かにそれは祈りだから

最終的には、こうして答えられたのだろう。

 

だから答えとして、

重苦しさとすら戦わず、

未来になくなるという希望にせず、

まさに今、

この重苦しさ自体に

心において何もしないこと、

何もしなくても大丈夫なこと、

これ自体が誘惑だと

安心して分かっていること、

スピリットと一緒「ただ」

そうと見ていることが

防衛しないということ。

 

 

まさか、自分の中どうしで

防衛していたなんてと思った。

 

 

そしてこういう時、

いつもアナ雪のちっちゃいモンスターを思い出す。

 

映画の中では

そのちっちゃいかわいいモンスターが

森中を炎でいっぱいにする。

 

私は、最後にはいつも

自分の中のそのかわいいモンスターに

大丈夫だよ、居ていいよ、出てきていいよ

という気持ちになる。

 

どんなに苦しさが強くても

この子にウェルカムして

優しく出会うと気づくことができる。

 

自分の中のかわいいモンスターに対して

防衛しないこと、

これが今わかる範囲の

究極の防衛しないということ。

 

 

そして明るさが戻ってきた✨