忘れないうちに書きたい。
昨日のエクスプレッションセッションは、本当に素晴らしかった。
誰かがエクスプレスしている間、それも、その内容は自分を咎め、自分には愛がないというような内容なのに、私に伝わって来ていたのは、その人達からの愛なのだと思う。
口や表情から出ているものとは全く違ったものだった。
そして、私は、その人が大好きで大好きで仕方ない気持ちだった。
だから、
「何を言ってるの?
言葉で言ってることと実際が全然違うよ。
こんなに愛溢れて私を救ってるのに。」
とも思っていた。
これが愛と呼んでいいものなのかは分からないけれど、それによって、私はたくさん赦され、癒された。最高に美味しくて、助けていて、優しくて。
みんなのことを、本当に大好きな気持ちがある。
どう思われているかも考えていないみたいだ。
ただ大好き。
そして、1年前のことを思い出した。
ボランティアチームのミーティングで、私は自分の無価値観などをかたこと英語でむちゃくちゃに泣きながら話した。
その時のみんなの目の温かさは言葉では言い表せない。
そしてメンバーのある人が次の日、Google翻訳を使って日本語でメッセージをくれた。
“こんにちは、三重。 私はグーグル翻訳を使っているので、これが正しく翻訳されることを願っています。 Youtubeサポートチームコール中のあなたの表現は私にとどまり、私は私の経験を共有したかっただけです。 私はあなたのエネルギーが大好きです。 とても優しくて美しいです。 そして、電話中、あなたが考えを共有し始めたとき、そして私があなたを見たとき、私はちょうど私に優しさがやって来て、私の心が開いたのを感じました。 それは素晴らしい経験でした。 だから私はあなたの存在がどれほど貴重であり、あなたが何もする必要がないことをあなたに知らせたかったのです. ❤️🌸✨”
昨日のセッションで、私はこの彼女と同じことを体験していたのだと思った。
私は両方の側を体験したということ。
そして、これ以外、事実ではないんだと思った。
私たちが何をわめこうが、どこまで自分を卑下しようが、単にそれは事実ではないというだけで、実際に起こっているのは、私たちの言葉で表せない優しさのあふれ。
それしか事実ではない。
そして、それは、
すべての人に、常に、起こっている。
セッションはエクスプレスのみで終わらず、また話して、4人とも深く深く癒された。
みんな、凛として、すっきりした顔をして、笑って、軽くて、温かさを漂わせていた。本当に素敵だった。
そして今日、私はこれらをもっとどうやったらいいか模索していた。
何もせずとも出ているもののみにチューニングを合わせたままでいるには?
スピリットとの取り組んで、いろいろ教えてもらったように思う。
それを忘れないうちに
少しでも書きたいんだけれど・・・
本当に、付け加える方向にはたらくものすべてが邪魔でしかないということ。
すぐに「じゃあ何をする?」
なる。
そしてその「何をする?」
が邪魔だ。
「とにかく、チューニングを合わせたい」
でも「どこに?」
となる。
「そこ」というのは分かる気がするのだけれど、
「そこ」にチューニングを合わせようとするだけで、うまくいかなくなる。
付け加える感覚が発生して、
「押す」ものが発生してしまう。
そして思った。
ああそうか。
つまり、私だと思っている「私」という自覚が邪魔なんだ。
真理の否定を否定するというが、
その範囲が、
「私まるごと」だ。
チューニングを合わせるんじゃない。
「私という自覚」を看過したら
チューニングが合ってる状態があるってことだ。
「私という自覚」が
プライドそのもので、
何がをゲットしたがる存在なんだ。
本当にそれが邪魔。
😆😆😆
たしか、ムージがそれ言ってた。
「祈りの中に“私”を連れてこないでください!」と。
そういうことか😄
自分という存在が存在していることを誰かに忘れられたくないだけで、ゲットしたがっているし、プライドを保ちたがっている。
これが、あんなに美しい私たちの真の姿?エネルギー?を覆っているのだとしたら、というか、覆えていると こんなにも勘違いしているのなら、これは本当に練習する価値がある!!!
「わたし自覚無視」か。
ワオ すごいな!😆
あんなに美しいものを体験して、本当にあるという信が高まったのなら、きっと楽しくやれるだろう。楽しみな気持ちがある🌷🌸🌷🌸
