昨日、母の車を借りて駅まで娘を迎えに行った。そしてエンジンをかけると、米津玄師のアルバムが再生された。
いつもだったらすぐにそれを消して、自分のスマホからスピリットがくれた曲集を流すのだけれど、なにか「ああ聞くやつだ」と思って聞き続けた。
最初は軽く聞いていたのだけれど、「どうせ聞くならしっかり聞いてやれ!」と思って、歌詞をよく聞き、しっかりメロディを感じに行った。
そして、「いっそのこと、どっぷり一体化してやれ!」と思って、もっと一致しに行った。
なぜなら、歌詞はどう見ても闇の思考体系で、メロディもコードの流れも独特の重い味があって、今日はそれを避けるパターンじゃないと思った。
歌詞はいきなり
「夢ならばどれほどよかったでしょう」
とはじまる笑
頭の中で正しい思考はそれを
「おい。夢だよ✨」と再翻訳する。
そんなことをしながらさらに進んで行ってみた。
彼の音楽を聞いて感じて分かったのは、
闇のジューシーな美味しさ。
重ーーい美味しさ。
「愛はいつまでも届かず、愛を受けられず、叶わぬ思い。そして私は独りなの。ああ私はそんな私はああ可哀想。ああ辛い。私こんなに辛いのよ。」
という内容の歌詞と音楽の
なんとまあ美味しいこと!!!
重ーーくて、
ずっしりその感覚に浸っていたい感じ。
そうしているとパプリカがかかる。
「晴れた空に種をまこう」と明るめに歌ってる。
でも、私の思考はこう言って笑った。
「おいおい、幻想の空に種ばらまいてどーすんだ🤣 見るのは外じゃない、内だよ🤣それにそもそも、まかなくたってもう撒いてある🤣」
とうとう別の曲で
「3年後には幸せになるだろう」
みたいなことを歌い出した。
もういささか、頭の中では吹き出し笑いをしていた。
「おーい、3年後かい🤣今じゃないんかいっ🤣」
その反面、心は闇に浸って、うっとりと満たされぬ思いを満喫している。
娘が車に戻ってきたので、闇の旅は終了。
闇は重たくて、ものすごく美味しい。
ぜったいに出口はないと語り続けて、幸せを全部未来への期待に持っていく。
苦しんでる自分が美しくて、可哀想で、そうみんなに見せつけたい。
この闇の重さと、やみつきの美味しさ笑笑
コースでもなかったら、そもそも、そこから出たいなんて思えないだろうというくらい魅力的。
出たいと言いながら出たくないから。
そこにいたら、絶対に絶対に幸せになれない!と思うことになった🤣
とてもユニークで、重くて軽いレッスンでした😃