今になったからこそ、よりそう思えるようになってきたのかもしれないけれど、ワークブックにあることはどの言葉一つをとっても意味がある。
特に今は『軽さ』の大切さ。
ワークブックには、
「さっと見る」
「気軽に」
という言葉が示されている。
奇跡講座を始めた最初の頃は、それ自体が難しいことだった。
なぜなら、スピリットをあまりにも信頼していないからできなかったのだと思う。
ぎゅーっと見て...
これでいいのかと不安になり...
失敗しているような気持ちになり...
上手くできない心境に...
これで合っているのか不安だからこそ、一つのことをつかまえ続けずに次に行けと書かれているのに、一つの思考をいじり回してしまう。
でもそれはぜんぶ
レッスンを『自分で』やろうとしているから。
なぜ気軽になのか?
なぜさっとなのか?
それはとても大切なこと。
なぜなら
私にできることは、
私に授かった機能は、
手放すということのみだから。
無意味なものを無意味だと
シンプルに見ることだから。
きちんと無意味扱いをし
スピリットに渡す練習をしているから。
その他のことを『安心して』スピリットに渡す練習をしているから。
なぜサッとやれないのかに答えがある。
サッとやれなかったのは、それが無意味な思考ではないと思っているからで、自分である程度なんとかしなきゃ、なんとかできると思っているから。
そこが大きく間違っている。
できない。
今日はどの思考を手放すかさえ
自分では用意できない。
思考が生じて
別の思考がの方に取り組みたい
というのでもない。
サッとやるとあるなら
そうすることが
スピリットを心から信頼する
強力なマインドトレーニングになる。
それだけをやれば、あとはスピリットが、私が一番幸せになる思考システムに入れ替えてくれる。
そのことを信頼するトレーニング。
信頼だけを維持し続けるトレーニング。
思考を『自分で』でいっぱいにしてしまっていたら、スピリットを押し出しているのと同じ。
もしそうなったら
もう一度、そのさらに上から見て思い出す。
私はできると思ってしまっています。
手放せないと思っています。
一緒に見てください。
そこから再スタート。
そうすれば
必ず違った見方が入ってくる。
そして泣く。
真面目になるべきはワークブックに書いてあることに対してだけでよく、自分の心はおバカなのだから、エゴとしての心を真面目にさせなくていい。
私に思いつく素晴らしいスピリチュアリティー像なんて、全部役に立たないし、邪魔にしかならない。
無力で、
どうしたらいいかわからなくて、
何をどうしたらいいか分からなくて、
どう生きたらいいかも分からなくなって、
というエゴのボロボロさとカッコ悪さが
すごい近道。
そして大真面目に気軽さを真剣に選ぶ。