なんてこと!

みんなフィギュアだった。

完全にひとりぼっちになった恐さの気持ちと
それを受け入れられそうな希望の気持ちとで
感情がわからない。



今日はあれから
3つのハッとすることがあった。


一つは
生徒さんがラインで占いの質問をして来た。

現象界で誰もが一生追い求め続ける内容を読めるのだけれど、それを私は逆に教えている。

普通は、それを求めて頑張れば幸せになるとアドバイスするのだけれど、私は、手放すべきもので、それがあなた特有の苦しみの原因だと伝えている。それを手に入れられなくても幸せである例をたくさん挙げる。

そこに関する内容で、「この星の場合は、何てアドバイスしたらいいか?」が質問内容だった。

それに答え終えた時、
「深い。手放すことから得られる愛の教え素晴らしい」と感動のメッセージをいただいた。

そんな返信をもらったものだから、改めて自分の星について、その部分を考えた。

愕然とした。

エゴのトリックを大きく見破った気がした。

「だませれた!」
とうなだれた。

私の場合の求めるものとは、誰かが幸せになることが大好きで、幸せじゃないように見えると悲むというものだ。

奇跡講座を勧めるのだってその一貫だった。

それが私の苦しみだとまでは分かっていて、赦してきたけれど、なんと、その誰か自体がいなかった!

そこかよ!!

完全に騙されてたと分かって、一人で笑った。




もう一つは、私が今、孤独を味わう10年の中の最後の1年なことだ。

最後の1年は集大成だからいろいろ押し寄せる。

当然、これまで以上の孤独を覚悟して、それが私の赦し計画なんだと受け止めていた。

一人になるけど、一人じゃないことをいよいよ知るんだろうなと。

これまでも孤独は半端なくて、分かっていなかったら、精神病院に行っていたかな、なんて思う。

でも何より、これが赦しの計画だというのがあるから、ただ観察していることができた。

それで、どうりで、家族もみんなもいるし、これまでと変わらないのに、近くにいるのに遠いと感じるのか、みんなに何も感じないのか、ということだ。

これまでも孤独の星ならではで、そう感じて来たけれど、いよいよ本格的にひとりぼっちを感じた。

その理由がわかった。

みんな、全員フィギュアだった!

人間みたいに動いてるけど、お人形だった。

生きてる人がいないんだもん、孤独に決まってる。

本当に私しかいないと思った。

おままごとしてたの?私!

そして、すっごく恐くなった。

私しかいないことが。



これは3つ目のことがあって、自分の孤独の星を考えさせられることになった。

それはある動画。

デイビッドがあげてくれている動画を見た時、そこには地球の広大な自然しか映っていなく、人がいなかった。

私はふと、綺麗だけど、こんな広大なところで一人はイヤ!それなら悟りたくない!と思ったのだ。

その思いにびっくりして、自分が孤独の10年の最後にいることを思い出し、よく考えることになった。




ここ数日は、自分に人間的な感情がなくて、人からの感情に対しても嬉しくも悲しくもなく、つまらなく、何のパッションもなく、それが苦しかったんだと思う。

自分は愛情のないひどい人間だとも思った。

これらはフィギュアだと受け止めるために必要な、長い時間だったのかもしれない。




いろんなステップで、いろいろ考えてきて、たどり着いたのは、全員フィギュア。

前よりリアルに、自分が「トゥルーマン・ショー」のように過ごしているのだと感じた。

4D映画の中にいる。




人とすごく結びついたり、こんな風に遠くなったり、えっちらおっちら繰り返して、ちょっとずつ進むのかぁ。

それにしても、

ああ、やだ。

全員フィギュアなんて。

ほんとに誰もいなくなっちゃった。