昨晩、心の中にこれがありました。
イメージを近い画像を探して編集しました。
もっとフワッとしていて、もっと柔らかで、ここまで光っていなかったけれど、近いイメージができました。
このたくさんの白い粒が、上へ上へとゆっくりと流れていました。
シンボルにすぎませんが、こんなものが外ではなく人にあるんだと。
そして、ここで全部思えば、制御せずに湧きあがらせればいいんだと、思いました。
今日、このイメージについて考えていると、これ自体が私そのもののような気がしました。
私の部分や一部ではなくて、私の全体がこれのような、周りもこれのような。
これが私たちで、ただこれでいることだけが、ここですることなのではないだろうか?
カースティンさんの本が、昨日最後の引き金になりました。
昨日ブログを書いて良かったとも思いました。
考えがまとまって、その通りに進むように自分の背中を押せた気がします。
そして最後にカースティンさんのおかげで、心を開くことができて、開き方が分かって、それらを聖霊に見せることができました。
そうしていつの間にかこのイメージを見ていました。
でも、これを見ている自分にハッと気づいたら消えてしまいました。
今は止まった映像だけを覚えています。
でも、こんな感じの優しい場所が私たちにあります。
