連日、虐待のニュースが報道されています。
それを、もっともっと、どう真に見たらいいのか考えていました。
そして今日、彼女の手紙を見て、あまりの「まるでそのまま」さに、ただ驚くだけでした。
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ママとパパにいわれなくってもしっかりとじぶんからもっともっときょうよりかあしたはできるようにするから
もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします
ほんとうにおなじことはしません ゆるして
きのうぜんぜんできてなかったこと これまでまいにちやってきたことをなおす
これまでどんだけあほみたいにあそんだか あそぶってあほみたいだから やめるから
もうぜったいぜったいやらないからね ぜったいやくそくします
あしたのあさは きょうみたいにやるんじゃなくて
もうあしたはぜったいやるんだぞとおもって いっしょうけんめいやって
パパとママにみせるぞというきもちでやるぞ
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ぜんぶ、
毎日毎日、一瞬一瞬、
自分で自分に言っていることです。
まったく違わない。
そしてこれを誰に言っているのか?
…神に言っている。
「今」にしかできない
「今」赦すこと以外に方法がないにもかかわらず
明日なら、明日ならと未来に光があるように設定し、赦したことでさえまた引っ張り出す。
犯していない罪を作り上げて、罪にしたてているのに
まさかこんな不出来な私が神のもとへ行けないと思っている。
被害者に留まるのをやめようとするからこそ
誰かを悪人化して見てしまった、誰かを幽閉しているという罪悪感。
自分の心の中で
何度、「もうしないから!」と叫んでいることか。
「今」が罪にまみれて、光が「未来」にしかない発想。
「今」に光がまったくない発想。
聖霊はいつもこう言っているのに。
あなたは神を迎えるために自分自身を準備する必要があると考えてきたが、それは間違っている。聖霊を迎える準備を傲慢にも自分で整えようとすれば、平安の条件を確立するのは自分の役目だと信じざるを得なくなる。T18.Ⅳ.4
なぜなら、あなたは自分のすべきことがもっとあるはずだという自説を曲げないからである。T18.Ⅳ.7
あなたは依然として、自分が理解するということが真理に対し強力に貢献し、真理を真理と為すと信じ込んでいる。だが、あなたは何もする必要はないということを、私たちは強調してきた。T18.Ⅳ.7
聖なる瞬間に近づく前に、自分の心から恐れと憎しみをすべて取り除いておこうとしてはならない。それは聖なる瞬間の機能である。聖霊の助けを求める前に自分の罪悪感を見過ごそうとしてはならない。それは聖霊の機能である。あなたの役割はただ、すべての恐れと憎しみを取り除いてもらいたいし赦されたいというささやかな意慾を、聖霊に差し出すことだけである。T18.Ⅴ.2
どっちを信じる?
私は自分のエゴを信じてまだまだダメだと言い張るか?
それとも聖霊を信じて、こんなままでも十分OKだ、準備はいらないという声を抱きしめるか?
二者択一。
明日じゃない。
今、今、今 そうするんだ。
今もう神の中にいるということが本当の事実。
事実を事実とするのは「今」しかない。
準備も何もかも私にはできない。
準備されているところに飛び込むことしかできないんだ。
それだけでいいんだ。