どこに着地するかわからないまま
もっともっと過ごせるようになりたい。
いつも
予想もつかなかった着地点に立たせてくれます。
思いもしなかった喜びを知ったり
喜び方をも教えてくれます。
わけがわからないまま
なされるがままに「はい」といいながら、
ボウボウと燃える火に入って行くのも
ずいぶん怖くなくなってきたと思います。
1年前には考えられなかった着地点です。
これを思い出しました。
イエスに強いライバル心を感じて
絶対頼みたくない!
自分でやる!
と思った頃のこと。
それは私にとって
赦しの機会としては大きなものでした。
とはいえ、コースのことを今よりも分かっていなくて、どうしたらいいかわからないながらの必死な赦しだったと思います。
イエスに頼りたくないと思っている自分に気づいた時、とても「これはまずい」と思いました。
頼りたくない相手に頼らなきゃ進めないなんて、顔面蒼白です。
でもこのままでは絶対に先に進めないというのは一目瞭然でした。
逃げたい気持ちを必死に抑えて取り組んだのを覚えています。
これに関して、二度、キツイ大きな山がありました。
そういえば、
ゲイリーにも腹を立てたっけ(笑)
たくさん苛立ちました。
自分がまだまだだからこそのライバル心。
自分がイエスに、ゲイリーにライバル心を持っていたなんて、自分でも驚きでした。
でもその二山を超えた時、
色々なところからの助けが現れるようになりました。
神の道をもっと高速で進めるようにするための助けのような感じです。
とっても具体的な、より実践的な方法についてのアドバイスを得られるようになったと思います。
そして身近な人の中に
強力な、共に道を歩む人も現れました。
聖霊との距離が近くなればなるほど、
聖霊がよりリアルになっていくのですね。
これらも予想もしなかった着地点です。
想像すらしていませんでした。
さらに
ライバル心が消えたことで合わせて現れたものもあります。
自分には何もできない
何も分からない
ということがどんどん身に染みて、
助けをもっと求めたい、助けしか役に立たないという気持ちです。
これも予想もしなかったこと。
今日、今、
ここにあるものが
全部用意されたものだということ
今思っている感情ですら
表面化してくれたものだということ
ちっちゃな感情でも大きな感情でも
違いがなくて、
全部が機会だと目を光らせていたい
でもこれも
そうさせてくださいとお願いすることなんですね。