あともう少しで奇跡講座のワークブックが終わります。
ここのところずっとキツくて
本当に打ちのめされていました。
病気の数々を毎日目にし
隣の家ではワンちゃんを蹴りつける音
幻想世界をどっぷりと頑張る自分
それを止められない自分。
大きな問題が自分にふりかかっているわけでもありません。
でもどこを見てもひどい視界。
赦せてない
やれていない
と自分にジャッジし続けていました。
聖霊側につけないともがいました。
でも、やっと
受け入れられたのだと思います。
それらの幻想が
変わらなくても構わないということ。
そうしたらわかりやすく
思いもよらない人から
『良い縁清め麻』と書いたお守りのようなものをプレゼントされました。
お守りを信じて嬉しいのではありません。
この言葉と
意味ありげなお守りというシチュエーションに
私わかったんだ、と湧いてきました。
私でもわかりやすい形での表現🙏
あなた自身の善意を信頼してはならない。それだけでは足りないのである。
しかし、他に何が入り込んでくるにしても、あなたの意欲だけは無条件で信頼しなさい。
ただこれだけに集中し、その周りを影が囲んでいることで動揺してはならない。
.....
必要なのは、私には準備ができているという自覚を取り戻すための神の計画を、私が邪魔しないことだけである。
突如、影がたくさん現れてくるのも
計画なのです。
見るために現れさせてくれています。
そしてこんなにひどい心境の中でさえ
なんとか赦そうと思うことすら
自分がやっているのではありません。
その意欲自体が助けなのです。
その意欲を信じなさいと。
どれほど助けられているでしょう。
あなたにとって聖なる瞬間を難しくしているのは、自分にはそれに値しないという、あなたの凝り固まった確信である。
いつでも、
何が目に入ったままだとしても、
自分は値する存在です。
神の子に値するように
自分で準備して整えようとすることすら
必要ありません。
ただ与えられているままに
答えを受け取りなさい。
何かが見えていると思っても
何かを感じてしまっていると思っていても
私たちは天国にしか身を置いていません。
見て、「真実ではありません」
と言うためにそれを見ています。
無責任とは違います。
全部ただの誤りの現れです。
いつもそれが答えです。