自分に責任がある。

私が攻撃できるのは
私の無罪性だけ。




とても安心な言葉だ。


そうだった、思い出した。





責任というのは
赦す責任だもの。

もし赦せなかったとしても
そのしわ寄せは
私にしか来ない。

しわ寄せが他の誰かに行っていないのなら
赦さないから勘違いしてるだけなら

実は悪い人なんてすでに周りに一人もいない
ということが事実になる。

よかった。

いい人たちだらけに囲まれて
今もういる。

しわ寄せは
私が勝手に味わうことが可能なだけの話。

よかった、また思い出せた。

なんでこの気持ち忘れちゃってたんだろう。




だから私が赦そうと赦すまいと
私の周りにいる人たちはみんな
本当はいつだって私を
温かい眼差しだけで見ているということ。

それを人というのがいいのか
聖霊というのがいいのか
はっきりしなくてもいい。

とにかく優しくて温かい見守り方をしている何かでいい。

こんなにすほっとするのだから
きっと本物だろう。




そして
私が攻撃しているのが
自分の無罪性だけなのなら

今まで一度だって
誰かを攻撃したことがないことになる。

だったら
誰も私を怒っているはずがない。

仕返しもない。

私を気に入らないと
思うはずもない。

それに
私が共有できているのは
きっと優しさだけのはず。

攻撃も間違った思いも
共有されていない。

すべての人が
あげられているのも
受け取れているのも
優しさしかないなんて
最高すぎて言葉もない。

本当によかった🙏