今年も無事に、生まれた日に到達出来た。
大好きな、
阪田寛夫さんの詩。
《ねむりのくに》
こどもたちが
かえったあと
ひいじいちゃんひとり
ピアノの前で
昔のことを考える
ひいじいちゃんは
ことし八十一
でも三で割ると二十七
九で割ると九つ
二十七で割ると三つです
ひいじいちゃんのなかに
若者がいる
少年がいる
おさなごもいる…
さて、今年もやってみよう!
まんみちゃんは
今年五十五
でも
五と五を足すと十
五と五をかけると二十五です
まんみちゃんの中には
まだまだ
少女がいます
わーい!
朝になったらお母さんに
「生んでくれてありがとう」を言おう。
半々の確率で生まれた私は、人生の色んなところで
「半々に賭ける」場面が沢山あった。
でも、生まれることが出来たのは、
「生まれてこい」という
両親の心からの願いを
神様が聞いて下さったから。
この世は素晴らしい。
色んな事が起きても、
それは、
なるべくしてなっているから、
《全てあるがまま》という
最高の学びの舞台。
生まれてくることが出来たから、
地球の美しさをひしひしと
感じることが出来る。
病気になったことで、
改めて「生きること」のありがたさを
心の底から感じることが出来る。
息ができること、
歩けること、
美味しく食べられること、
朝、目が覚めること
夜、眠くなること
当たり前の奥にこそ
限りない《奇跡》があるのだということを
病気は教えてくれた
だから、この病気も
私にとっては
尊い、尊いもの
母は、
ものすごく心配してた。
ごめんね
でも、
お母さんの笑顔を見るために
飛行機に乗って田舎に帰れる体力をつけようとか、
そのために毎日散歩しようとか
お母さんとご飯食べに行けるように
頑張って食欲つけておこうとか
そんな楽しいことを考えながら
今の自分と向き合って
今の自分としっかり付き合って
生きてきた。
半々の確率で生まれてきたことにも
意味がある。
その意味が
ようやく分かってきたところ
今年も自分らしく
魂が輝くように
とは言っても、いつものように
生きていこうと思う。
写真は先日行かせて頂いた
下鴨神社にて。
その模様も
今後書いていこうと思う。
