生きていれば88歳、米寿。
68歳で、うえに帰った父。
お父さん、生まれてくれて本当にありがとうございました。
戦争があったり、志願兵になったり…、頑張って生きてくれてありがとう。
おかげで、私もこの世に出てくることが出来ました。
そして…、私を育ててくれてありがとう。
お父さん、あなたがお世話になった佐賀医大の血液内科は、とても充実していますよ。
あの頃よりも医学、医療はとても進歩しましたよ、お父さん。
そして、奇しくも同じような血液のガンになった私。
治療中の私とあの頃のお父さんの様子を比べては「やっぱりお父さんには敵わないな」と何度思ったことか。
でも、骨髄腫になったおかげで「何があっても、自分の人生を引き受ける、受け入れる」ことを学びました。
そうそう、お父さん。
20年ぶりに、本が出版されましたよ。
これは、本当に嬉しいプレゼントでした。
でも、もしかしたらお父さんが、自分で自分にプレゼントしたのかも。
お父さんが愛した佐賀の地、夏に帰りましたが、いつもいつも、まだまだお父さんの話になりますよ。
お父さんは、佐賀ではまだまだ生きてます。
私の周りの人達はみんな、お父さんのことを覚えてくれてます。
お父さん、私は今《寛解》いや《部分寛解》を目指していますよ。
ほんとに、いい病院、いい主治医の先生達に恵まれました。
辛い時期もあったけれど、いつもいつも私を護ってくれてありがとう。
私は周りの人々に沢山助けてもらい、いっぱいお世話になっています。
いい人々に恵まれたこと、本当に感謝です。
お父さん、私が救急搬送されて寝たきり状態になってしまい、激しい痛みが毎日毎日襲って来ていた頃に「そろそろ、上に帰ってもいいですか?」と聞いた夜、夢に出て来てくれてこう言ってくれましたね。
「お前の周りの人達の笑顔がとても美しい。その人達をまだ悲しませてはいけない。だからまだ、こっちに来てはいけない。お前は今までよく頑張って来た。今も頑張っている。これからも、頑張っていけるんだよ」って。
あの言葉のおかげで、しっかりと甦ることが出来ました。
人生、全てあるがまま。
自分の人生を、これからも引き受けて歩んでいきます。
いつか、この星を去る時に「I did it My Way!私は、私の人生を生き切ったんだ!」と一瞬の曇りもなく、心の底から思えるように、生きて、生きて、生きていきますよ。
あなたの娘であることに、今も変わらず誇りを持って生きている、あなたの娘より。
