父は自分の告別式の弔辞の添削をし、式次第もチェックし、着々と準備を始めていた。
実は入院中、一回だけ喧嘩した。
確か父が逝く1ヶ月ほど前、父の姉が突然亡くなってしまった。
膝の手術で、麻酔から醒めなかったらしい。
葬儀に、父はもちろん「行く」と言って聞かなかった。
酸素ボンベをしょってでも行くと言ったし、もしそこで具合が悪くなればそれで天命とも言った。
大好きだった自分のお姉さんが亡くなって悲しいのは痛いほど分かるけど、もう動かすのは危険な状態だった。
頑として聞かない父に「ならお父さん行ってくれば?私は行かない。ここで待ってる。行ってくればいいやん!」と言って走って病室を出た。
行きたい気持ちは分かるけど、危険と分かっていて付き添うことも出来ないし、どうしてやることも出来ずに、わざと怒って病室を出て、駐車場でワンワン泣いてたら父から電話。
最期の最期まで絶対に涙は見せないと決めていたので、わざと怒った口調で「なに?」と出た。
父は優しい声で「…お前がそんなに怒るなら、もう行か~ん。その代わりお前が、俺の代わりに行ってアネキを送ってやってくれな。な、頼む」と言った。
もちろん精一杯、父の代わりを努めた。
以来、父は逝く覚悟と格闘し始めてたのか、ある日、病棟に行く所で看護師さんに呼び止められた。
「昨日、実はお父様がよく話をされていた方がお亡くなりになったのを聞かれたみたいで…夜中ずっと泣いてらっしゃいまして…外まで聞こえる位の…ほんとにずっと…私も何も言えなくて…娘さん、よろしくお願いします…」と悲しそうな表情で話された。
お父さん…泣いちゃったんだ。わかるなぁ、ここでもお友達たくさん作れてたしな。
とは言っても、ここはあえていつものように行くしかないからな~と入口で深呼吸して入ると、
いつものお父さん。いつもと同じ。
いつもの笑顔。
「よお、遅かったな!新聞、読みたかった~!」
こんなたわいもないやり取りが、もっと続いてほしい。
お父さんの、あの優しく笑いかける顔がもっと見れたらいいなぁと、どれだけ思ったか。
父はいよいよ逝く覚悟を決めたから「田代さんに会いたか~!」と言ったんだと思う。言えたんだと思う。
田代さんは一週間いて下さった。
次の舞台があるから、どうにも帰らなければいけない、ぎりぎりまでいて下さった。
先日お会いした時、田代さんはあの時の別れを語って下さった。
「帰らないといけないけれど、もう二度とオヤジさんに会えない。会えないと分かってるのに『また来ます』とか『また会いましょう』と言うのは不誠実。
何て言おうか、何て言おうかと思っていたら、オヤジさんが察して『田代さん、もうよかよ。はよ、行かんば』と言ってくれ、それに促されて…
僕はオヤジさんみたいに《直角おじぎ》をして「ありがとうございましたー!」って言って帰ったんだ。
オヤジさんは『うん、うん』と、ただ頷いてた」
男と男の今生の別れ。
去る方と残る方。
逝く方と送る方。
どちらも清らか。
20年ぶりに初めてこの話を聞いて、二人ともやっぱり素晴らしい。
私は、こんなに素晴らしい父の子供として生まれてくることが出来た。
これこそ奇跡だと、改めて思った。
つづく