腰の痛みに耐えかねて、薬のみなおしでもしてもらおうと呼吸器内科を訪ねたのが1/29
とても歩けないので家から病院までタクシー乗って、もう学校がない高3の息子についてきてもらい、病院ついたら即車椅子に乗る体制。
すると主治医が私のところに出てきて
「これから整形外科に行ってもらいます」
私「?!」
除圧という手術を受けることになりました。
しないと、おしっこが出なくなったり歩けなくなったりするから、とのこと。
予断を許さない状況で、このまま即入院して欲しいと!!
仕事中の夫も急遽呼び寄せて話を聞きました。
それで入院し、全身麻酔の手術を受けたのが2/5ごろだったかな。
背中に長い棒が2本入りました。
背骨が脆くなってるので、硬性コルセットは必須となりました。
2日後、清拭してくれている時、看護師さんが、私の左脚に力が入らなくなっていることを発見。
太モモを立てても、ペターンと元に戻ってしまいます。
神経の加減だそうです。これで私は車椅子必須になってしまいました。
リハビリが始まりました。
左目が段々開かなくなり、3日目には閉じきってしまいました。無理に押し開ければ開くけど、右眼と同調していないため、まるでぐちゃぐちゃな見え方です。
なので左目は閉じたまま、右眼で生活しています。
同時に左耳も聞こえなくなりました。
この、耳と目の事は脳から来ているそうです。
髄膜播種です。
全脳照射をすることになりました。
ちなみにこの頃は腰骨転移に対して、痛み軽減のために放射線治療を始めた頃でした。
(10日間。土日入れると2週間)
もちろん、追加で入った治療です。
入院当初は腰の手術しか言われてなかったのですから、背中が抜糸出来たら退院できると思っていたら、いつの間にか放射線治療が2週間も追加になって気が滅入っているところへ、全脳照射(2週間)も追加になって、
折しも政府の要請で、私の病院も面会制限が相当厳しくなってしまいました。
度重なる要因に、私はストレス全開でした。
そこで、外泊できるよう頼みました。一泊でいい。
馴染んだ我が家のソファにもたれたい。
先生は、全脳照射が始まる前のタイミングしかない(全脳照射は吐き気でそれどころではなくなるかも知れないから)とおっしゃり、その方向で調整は進みました。
調整と言うのは、我が家の手すりや車椅子の用意です。
元気だった右脚も段々力が入らなくなりました。ベッドと車椅子の移乗が大変になりました。
リハビリでも前に出来ていたメニューが出来なくなりました。
食べ物も喉を通らないようになり、給食も水分だけすする感じです。
ところで腰の手術してからおしっこは出やすくなったけど、ほんの数日間でした。また出るのに時間が掛かるようになり、お股にも痺れが周り、出なくなっちゃいました。
尿バッグ装着人生のスタートです。
2週間の腰の放射線治療を経てようやく外泊の日になりました。
すごく高い介護タクシー代を払い、車椅子で帰宅。
家は楽しかったけれど、何にもできない自分を再確認する滞在でもありました。
ものを取ってもらうのも、全部いちいち頼まなければなりません。一人になる時間帯は極力ゼロにしないと……?
膝も痺れて使えないので、ハイハイすら出来ないんです。
その後、病院に帰って来た初日は、喉が半分詰まってしまって、たんも絡んで、元々水分しか取れないところ
何度も吐き戻しながらでないと、飲めなくなりました。
水分の点滴入りました。
薬も飲めないので、痛み止めのシリンジポンプが入りました。
今そんなとこです。
食べられない、水も飲めない、と言うことはかなり危惧しています。
歩けるってどんなに素晴らしいことか。
失う時は一瞬です。