私は苦しい時、切ない時、不安な時など、どうしたらいいか分からない状態になると、自分の『内』に訴える
他人に訴えるよりずっといい
他人に訴えるって、意味がない
私の事は私が一番分かってるし
他人の意見に左右されるのも良くないし
他人に訴えたところで…意外と聞いてないからね(笑)
昔は『答えは既に知っている』とか意味が分からなかった
今はなんとなく分かる
自分の『内』に真摯に訴えれば、答えが返ってくる
だから私、泣きながら弱音だけど吐いたのかも
辛くて辛くてどうしよもなかったから
守護霊様というか内なる神様とか、諸々の神様に対して、もう拝むとか平伏する時代じゃないと思う。
(あ、でも敬う気持ちはちゃんとあります
だって人間関係だって先輩に対しては敬いますし
)
私達自身も尊い存在だから
もちろん霊格の上下はあるけど、源は同等な素晴らしい存在だから
そして私が『内』なる存在なら、拝まれたりうやうやしくされたりより、普通に何でも言ってくれた方が嬉しい
親の気持ちと一緒だと思う
子供と一緒に色々分かち合い、悩んだり喜んだりしていきたいだろう
そして共に向上していきたいだろう
だってね、『神様』も完璧じゃないんだって
欠点あるんだって
そりゃ、私たち人間よりずっとずっと完璧に近いけど
上は上は、螺旋で高みはずっとずっとずっ〜と続き、計り知れないから
かなり脱線したが
とにかく私は辛くて辛くて訴えた
…続