最近、私は自分がいつも何かに
焦っていたことに気づきました。
三女がデイサービスから帰ってくる
17時頃までが私の時間なんだけど
それまでに仕事ややりたいことを終わらせないと
三女が帰ってくると何もできないから
「効率よくいろいろやらないと
17時までに間に合わない!」
と、時間を気にして動いている。
本当はゆっくり好きなことをしたくても
『ゆっくり考えてたら時間が足りなくなるよ!
ほら、もっと早く!
もっと効率的に動いて!
早くしてよ!終わらないよ!』
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うっかりするとそんな
「悪魔のささやき」が聞こえてきて
ハッと我に返る。
私、「今」にいない!
タイムリミットがあると
「時間までにやらなくちゃ!」
という計算が働いて
「自分がその時何をしたいか?」
っていう感覚より
ついつい、
「いかに効率よく動くか?」
っていう焦りの意識で行動してしまう。
「今はこれをやる気分」
「今はこれをやりたくない」
「今はこれがいい」
そんな自分の感覚すらも
わからなくなってしまう。
本当はどこまで行っても
「今」の連続でしかなくて
「今」出したエネルギーで
その先の現実が作られていくのに
その大事な「今」をないがしろにして
大して味わわずに適当に動いていたら
そのエネルギーで作られる
「未来」という「今」は
適当で雑な「今」になっていくよね。
私は今まで
この仕組みを知らなかったから
昔からずっと効率を求めて動き
焦りと恐れから
いろんなことを選択してきたように思う。
「今」を丁寧に味わうことなんてなかった。
せっかちで、常に何かしていないと落ち着かない。
パッと思いついたらすぐ行動できるけど
その反面
ぼーっとすることとか
止まることが苦手だった。
(ただ歩く、という散歩も苦手w)
大好きなコーヒーでさえも
ただ、食事として飲み込むだけで
大して味わっていなかった!![]()
そういえば、
「食べるのが遅い人は仕事も遅いんだよ!」
っていう言葉を新人教師時代に
ベテランの先生に言われたことがあったな、
と思い出した。
(そりゃ信じちゃうよね…)
それ以来、
仕事が遅いと思われたくないから
給食はなるべく早く食べ終わるように頑張って、
いちいち味わうことなんてできなくなった。
家でも、子どもに食べさせることが優先で
自分が味わうことなんてしてこなかった。
そんなせっかちな私ですが
ここ数か月、
「今」を丁寧に味わうことを
意識するようになりました。
朝、子どもたちを送り出した後
家事を済ませてからが
自分の朝食タイムなんですが
朝、1杯のカフェオレを
カップに注いだら
ゆーーーーーーっくり時間をかけて
湯気や香りから味わいながら
飲むようになりました。
星乃珈琲でモーニングをすることも。
ハニーチーズトーストにはまる。笑
たちのぼる湯気の温かさ
香ばしくて甘いカフェオレの香り
そして口に含んだときの
じわーっと染み渡るカカオの味
喉を通って
ゆっくり、身体にしみこむ感じ…
あぁ、幸せ…♡
おいしい…♡
あったかい…♡
1杯のカフェオレでそんな風に
丁寧に味わうことをしていたら
なんか、
「この時間ってすごく豊かだなー」と
思えるようになって、
「今」を感じられるようになってきて。
それを数か月続けていたら
だんだん感覚が変わってきて
空の青さとひこうき雲の
コントラストに感動したり
遠くに見える白山連峰の
キレイさにウットリしたり
畑を歩くカラスちゃんが
なんだか愛おしくなったりして
焦った時にも
「あ、今、焦ってる。今に戻ろう!」
と、だいぶ戻れるようになってきました。
カフェオレじゃなくて
紅茶が好きな人は紅茶でいいし
抹茶が好きな人は抹茶でいいし
何でも、自分の好きな物でいいんです。
「今ここ」を味わうと
豊かだな~と感じるセンサーの
感度が戻ってきて
何もすごいことが起きてなくても
「幸せだな~ありがたいな~」
と感謝できる感覚になってきます。
(今まではそれを無理やり
「小さな幸せに感謝しなきゃ!」と
表面だけでやってた!)
なんだか幸せを感じられない。
なんだか満たされない。
いつも焦ってる。
そんなときは
「今ここ」を意識して味わってみてね。
地味な作業だけど(笑)
続けていると
感覚が変わってくると思います!



