皆さま、こんにちは。
清荒神の『風雷堂』の林明鏡です。
前回のブログで「野間の大けやき」について書きましたが、その後、近くにある本瀧寺へ初めて参拝してきました。
能勢と言えば能勢妙見山が有名ですが、同じ妙見さん信仰でも本瀧寺とは関係がないそうです。
本瀧寺については最近まで知らなかったのですが、お寺カフェがあるらしい、とかバイク寺とも呼ばれているなどの情報から、一度参拝してみたいと思っていました。
こちらの鳥居から登っていきます。
階段を登りますが、それほど急ではなかったので大丈夫です。
南無妙法蓮華経 の幟旗があるので、日蓮宗でしょうか?
立派な狛犬さん
こちらが本堂です。
本瀧寺 縁起によりますと
《およそ1250年前、当山を「野間の高嶽」または「東の高嶽」とよばれていた頃、僧行基がこの山を拓き、霊所として一寺を建立し、「爲樂山大空寺」と称していました。当時はまだ宗派もなく、その儀式作法も修験道的なものであったと推察され、山の北側の中腹に落下する、一条の滝を拓いて水行の道場、精神練磨の最適な行場と定め、以来、その滝を「行儀の滝」と呼ばれるようになったと伝えられています。》
昭和八年十二月に完成した本堂は、行基菩薩の建てられた「爲樂山大空寺」に因み「大空殿」と名付けられています。
本瀧寺 妙見宗 総本山
御本尊 お釈迦さま
妙見大菩薩
常富大菩薩
“常富大菩薩”さんという神様は今回初めて知りましたので、「本瀧寺のパンフレット」を読んでみますと、このように書かれています。
常富大菩薩について
本山守護の本尊、常富大菩薩は江戸中期に日乾上人が本滝のそばに「宇迦の御魂」(陀吉尼天)として勧請された神様です。
常富さまには次のような伝説があります。京都洛北の常照寺(通称は鷹峰妙見)は江戸時代には日蓮宗の僧侶の学校である鷹峰檀林がありました。亨保年間のこと、学寮に智湧という年老いた学僧がおりましたが、当時山内にしばしば奇瑞(ふしぎな出来事)がおこり噂となり、日頃から何かと常人と異なる智湧をいぶかった、学頭の空妙院日善上人が、ある夜その部屋を覗いたところ、一匹の白狐が一心に勉強していました。すがたを見られた白狐はやむなく檀林を去り摂津国、能勢妙見山にのぼって常富惣五郎と自称し修行を重ねられた。檀林を去るに際して、首座(学長)あてに起請文と道切請文(退学届)とを書いて残され、その末文には狐の爪の印が押されており、常照寺の霊宝として保存されています。
日乾上人によって「宇迦の御魂」として祀られたのは、この神通自在の霊狐で陀吉尼天の應身として、本瀧寺山内擁護の守護神「常富大菩薩」となられたのです。
と、この説明を読んでビックリしたのですが、
『風雷堂』のサロンに飾っているこちらの木像は、もしかしたら「常富大菩薩さん』ではないかと思いました。
この木像は、サロンをオープンする前の年(2016年)に荒神さんに参拝した時に、参道にある仏具屋さんで出会ってお家に連れて帰ったのです。
「福禄寿さん」か「寿老人さん」かなぁ? と思っていたのですが、「常富大菩薩さん」によく似ています。
ずっと『風雷堂』をお守りしてくださるので、御縁があったのだと思っています。
本瀧寺のこの奥には滝がありまして、水行される人のための脱衣場もあります。
滝のそばには不動明王さん。
お寺カフェに行きたかったのですが、あいにく火曜と水曜はお休みでした。
またの機会にぜひ行きたいです。
こんな感じで山々が見えて絶景なのです。
(見学させていただきました)
御朱印と守護鈴を頂戴しました。
守護鈴の梵字は妙見菩薩
その裏側には北斗七星
バイクで来られる参拝者が多いそうで、交通安全の御守りにされるそうです。















