皆さま、こんにちは。
清荒神の『風雷堂』の林明鏡です。
ブロ友さんのtakarazukastreetさんのブログで、以前に「鷲林寺」にまつわる記事を読んで、ここは絶対行かなくては!と思っていました。
「鷲林寺」と「清荒神」は御縁が深く、「荒神さん」は昔に「鷲林寺」の「ソラン荒神」から勧請されたそうなのです。
(勧請=神仏の分身・分霊を他の地に移して祀ること)
takarazukastreetさんは、「宝塚を散歩しよう」というブログで宝塚近辺の神社仏閣や美しい景色、お洒落なお店など、宝塚の情報を満載した人気ブロガーさんです。 ブログはこちらになります↓↓↓
その記事を読んでから随分と時間が経ってしまいましたが、やっと先日「鷲林寺」へ参拝してきました。
(大鷲の手水舎です)
「鷲林寺」は西宮市にある高野山真言宗の寺院です。
山号は六甲山
ご本尊 十一面観世音菩薩
こちらは御本堂です。
ご本尊の十一面観世音菩薩は秘仏で拝見できませんが、年に一度4月21日だけご開帳されるそうです。
4月21日 忘れないように手帳にメモしておきます。
こちらのパンフレットから引用させていただきますと
鷲林寺略縁起
当寺は人皇五十三代淳和天皇の勅願にて天長十年(833)弘法大師空海によって開創された真言宗の寺院である。
観音霊場を開こうと地を求めて旅をしていた弘法大師が、廣田神社に宿泊されていた時、夢枕に仙人が現れ、この地を教示された。
それに従い入山したところ、この地を支配するソランジンと呼ばれる神が大鷲に姿を変え、口から火焔を吹き大師の入山を妨げた。
大師は傍らの木の枝を切り、湧き出る六甲の清水にひたして加持をし、大鷲を桜の霊木に封じ込めた。その霊木で本尊十一面観音を刻み寺号を鷲林寺と名付けた。また、大鷲に化けたソランジンは麁乱荒神としてまつられた。
その後、貴族寺院として大いに栄え、盛時は七十六坊を有する大寺院に成長し、その寺領は鳴尾地方にまで及んでいたことが古文書などによって伺える。
しかし、戦国時代に入り寺領は侵略押収され、天正六年(一五七八)十一月に荒木村重の乱が起こり、それを期に翌七年、織田信長軍のために諸堂塔はすべて焼き滅ぼされてしまった。
本尊を始めとする仏像は瓶に入れ地中に埋め隠されたため兵火から逃れることができた。後に掘り出され小堂宇を建立し観音堂としたが、その後も幾多の山津波や火災に遭い、無住の時代が長く続いた。昭和の時代に入りようやく復興されはじめ現在に至っている。
荒神堂は、平成十八年に新しく建てられ、清荒神清澄寺の法主坂本光謙大僧正をお迎えして落慶開眼法会を執り行ったそうです。
「荒神堂」の中には京都の大仏師、松本明慶師によって謹刻された麁乱荒神のご尊像が祀られています。
初めて荒神さんのお姿を拝見する事ができました。
火の神様なので、不動明王さんに似ているイメージだったのですが、なんと八面八臂(八つの顔に八本の腕)のお姿です。
御朱印をいただきました。
目の前に甲山が見えます。
「鷲林寺」へ参拝した後は、「越木岩神社」へ向かいました。
その2️⃣へ続きます。
最後まで読んでいただきありがとうございました。














