誰かが決めた美人の基準に自分を照らし合わせることほど辛いものはない | 不完全なままで完全である

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◇サイキックです、心のことのおたくです、保育士もやってます◇

 

私、子どものころから外見コンプレックスがありまして、若いときは「太らないように」とかなり気を遣っていました。

 

 

 

 

(全く同じ水着持ってる・・↑)

 

 

 

 

フルで働いても「運動していないから」と、仕事終わりに打ちっ放しテニスへ行ったりジムへ行き、風呂の中では「発汗・・」とかっていうボディオイル的なもので必死にマッサージしたり。

 

 

 

といっても、今思えば全然太ってなかった。

 

 

 

 

 

さらには美容!

 

 

高い高い化粧品を使っていたこともあった。

 

 

 

あれが良いと聞けば試してみたし、これがいいよと聞いたら手を出してみた。

 

 

 

 

気がつけば顔に手を当てほおを上げる(笑)。マッサージしたり、お顔の体操をしたり。

 

 

 

なんてったって私、意識高い系ですもの〜。ホッホッホーーーーラブラブラブラブラブラブ

 

 

 

 

 

 

 

だけど、数年前からちょっとした違和感を感じるように。

 

 

 

 

 

 

さらに、今年に入りお金の使い方をすごく意識した時にハッとしたことがありました。

 

 

 

 

 

というのは、数年前から好きで使っていた化粧品があったのですが、それを使い続けるかどうか?って考えた時に自分に問いかけました。(ちなみにそれは美容院でしか買えない炭酸パック)

 

 

 

 

「なんで使うの?」

 

 

 

 

そうしたら「たるみが気になる。これを使ったら、リフトアップするし若くなる」と回答が(自分の)。

 

 

 

 

 

 

あれ?

 

 

 

 

 

確かに、リフトアップして(少しだけど)若く感じられるようになって(←自分が)そうしたら嬉しいんだけど、その裏に「たるんだり、しわが目立つ自分を否定する気持ちがあるんじゃない?それが大きいんじゃない?」と!!!

 

 

 

 

 

 

 

気合い入れて美しくなるぞっ♪

 

手入れして瑞々しくなるぞ♡

 

つやつや肌をもういちど手に入れちゃうよ!

 

 

 

 

前向きで明るく気分良い・・・んですよねーーーー。

 

 

 

だけど、その気持ちの裏で私のように、そんな気持ちの逆の自分を感じたまま「美しくなるぞ」って思っていたとしたら・・・永遠に自分にオッケーなんて出せないんじゃない?

 

 

 

↓こっちより

 

 

 

 

 

この人のほうが楽しそうじゃない?

 

 

 

 

 

どっちかというと

こっちより

 

 

 

 

こっちで生きたいと思うのよね。

 

 

 

 

 

 

 

細いほうがいい

小顔がかわいい

足は細いほうがきれい

肌がつやつやしているほうが美しい

シワはできるだけつくりたくない

たるみは上げないといけない

意識高い系が素敵

 

 

 

 

 

これは集合意識が作っているだけで、そしてそこに同意しているから「真実」なだけ。

 

 

 

 

美しさの基準って、自分自身が「そうだ」と思ったところにある。

 

 

 

 

 

誰かが決めたきれいの基準に照らし合わせ続けること、それは美しさへの道ではない。

 

 

 

 

「美容」に関心を向けるとワクワクするしトキメクよね。

 

 

それって、自然なことだ。

 

 

 

 

 

でも、それがなぜ自然なのか?

 

 

それは、それが「誰かの評価を得られる美しさ」に近づくためではなく、自分の可能性を引き出すことに繋がるから。

 

 

 

 

「あーー、本当の私ってこんなにも美しかったんだ!」と自分で気づきたいという欲求があるからだと思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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