痛みが感じにくい状態になってませんか? | 不完全なままで完全である

不完全なままで完全である

◇サイキックです、心のことのおたくです、保育士もやってます◇

 

この前、こんな記事を書いたのだけど

 

 

「本当は体力がなかった」

https://ameblo.mom/megumillier/entry-12566796012.html

 

 

 

今日、ツイッターでこんな情報を見つけた。

 



 

 

池谷裕二さん(Twitter @yuji_ikegaya)

http://gaya.jp/ikegaya.htm

 

 

【利他と痛み緩和】

 

自分を犠牲にして

人のために働いているときは、

腸内側前頭前野が活動し

不快な「痛み」を感じにくい

状態になっているそうです。

 

 

(ボランティア活動をすると

 逆に自分の心が救われる感じがするのは

 もしやこれが理由でしょうか)

 

 

元の文献は英語です。

原文を読みたいかたは

池谷さんのTwitterを検索してみてね。

 

 

 

「本当は体力がなかった」

https://ameblo.mom/megumillier/entry-12566796012.html

 

 

 

 

ここで書いた私は

まさにそうだったと思った。

 

 

 

犠牲感満載だったし。

人のためばっかりだったし。

 

 

 

とはいっても

私の場合は

「人のため」=「認めて欲しい」

 

 

 

人のために頑張ることで

評価されたかったし

「いい人」を演じることで

役に立っていることを感じたかった。

 

 

 

それがつまり

「存在していいよ」って

誰かに許可してもらってる

そんな勘違いをしていたんだ。

 

 

 

誰かにって・・誰?

そんな誰かはいないよーーーっ。

と、今なら思うのだけど。

 

 

 

 

「元気です!」

「元気ね!」

「頑張ってるね」

「頑張り屋さんね」

 

 

 

これって「いいこと」言われてる気がするし

実際、本当にすっごいなーーー!!!!!

と思う人たちもたくさんいる。

 

 

 

だけど、この言葉に惑わされてない?

 

 

 

惑わされてるかどうか?

そこを感じることって

自分自身にしか出来ないよ。

 

 

 

頑張ってる自分が好き!

頑張ることが楽しい!!!

 

 

 

そう心のそこから感じられるのか?

それとも・・・?

 

 

 

この違いも

自分にしか感じられない。

 

 

 

 

だけど

「頑張るのを辞めるのは怖い」

こういう気持ちもあるんじゃない?

 

 

 

それは、そうだと思う。

「頑張る」=当たり前

だと思って生きてきたんだからね。

 

 

 

急には変えられない。

だけど、もう辛いし

もう終わりにしたい。

 

 

 

本当の気持ちに従って

ワクワクした人生を生きたい!

そう決めたい!

でも・・・

 

 

 

と感じたら、

ぜひこのセッション受けてみてね!

締め切りは1月21日です。