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昨日の続きです。
ベクトルを内に向けて表現する
↓
自分の想いを汲み取り綴ることが目的
↓
そこに氣づきや学びのエッセンスが入っているか
↓
その氣づきや学びが誰かのヒントになる可能性があるのか?
なのか
ベクトルを内に向けて表現する
↓
出来事・感想を書き自己満足が目的
↓
そこに氣づきや学びのエッセンスが入っているか
↓
その自己満足記事が誰かのヒントになる可能性があるのか?
同じ
「ベクトルを内に向けて表現する」
をベースに書いたとしても、読み手にとって何かエッセンスが込められているかどうか。
ここは氣をつけていきたいところです。

さて、
ベクトルを内に向けて表現する
でも何が目的かで道は変わる
をふむふむ頷いていただいた上で、
ベクトルを内に向けて表現する
ベクトルを外に向けて表現する
どっちに向けますか?
私は
ベクトルを内に向けて表現する
を心掛けようと一昨日氣づいたのです。
ベクトルを外に向けて表現する
場合、そこに潜んでいるのは
誰かに承認して欲しい→他者承認欲求
誰かに見てほしい→顕示欲
これが潜んでいると苦しい現実を創ります。
誰かに承認して欲しい
↓
誰もすごいと言ってくれない
↓
無価値観が生れる
誰かに見てほしい
↓
誰も見てくれない(読まれない)
↓
虚無感が生れる
ほかに劣等感や敗北感なども生れやすい。
というか逆説的なんだけど、本質は、
このような俗にいうネガティブと言われる感情を持ったままブログを書いたり行動しても
そのままそうゆう現実、
つまり
誰もすごいと言ってくれない
誰もみてくれない(読まれない)
だれも認めてくれない
という現実を創造してしまうって事なんです。
全て内にある概念、思い込みが今を創り出します。
もちろんお仕事でブログやSNSで自分を表現している以上、読者に読んでほしい、見てほしい、知ってほしいと思いますよね
そうなんだけど、
奥に眠っている外向きの欲求があるようだと、そうならなかった時の虚しさや絶望感や自己否定が起こってしまう。
だから書けないし現実は動かない。
奥に眠っている内向きの欲求がある場合、自分の想いをシェアしたい。
そのシェアが誰かの人生にプラスに働いたらなお歓び♪
ブログを書くことSNSで発信する目的は人それぞれだから一概には言えないけど、
とっても大切なのは
常々、ベクトルがどこを向いているのか?
のチェッ~ク!
今回は昨日のブログを書いてる途中で氣づいたシェアですが、このチェックは、どの場面でも絶対必要です!
今日何着る?
何食べる?
どう返信する?
ぜーーーんぶ!
その意思決定の前段階はどこに向いてる?
今後私自身氣をつけて発信していきまーす。