こんばんは。聖なる性を祝福する女神シモーヌえみこです。
前から気になっていた映画「茶飲友達」を観ました。
映画館での上映はもうないけど、U-NEXTで配信してました♪
詳しい映画情報は、下記のリンクから観てもらったらいいけど、これは実際にあった高齢者売春クラブの摘発を元に描かれたドラマ。
高齢者の性ってないことにされがちじゃない?
この前ね、ある脳科学研究家のリールをたまたま観たんだけど、彼女と性行為がないというお悩みに対して、愛情があればそこは関係ないみたいなことと、
「爺さんと婆さんになったら性行為あまりしない」という言葉が、最初と最後に強調するように出ていて、すごい違和感だったの。
わたしも若い頃は、自分の親でさえ、もう性行為をしてないと思っていたけど、当時の親の年齢を超えてしまった今、セックスがなくていいとは到底思えなくて。
セッションをさせていただく中で、パートナーとのセックスを拒否されてる女性に対して、「本当にこのまま一生なくてもいいですか?」と聴くと、ハッキリYESという人はいない。
目の前のパートナーとは無理と思っていても、このまま誰ともセックスがないとなると話は別になるんだと思う。
わたしのお客様は50代前後が多いので、高齢者と言われる層ではないけれど、実際70代の方とお話した時も、そこを求めていらしたし、いくつになっても人肌は恋しく、身体を重ねる悦びはあるんじゃないかな。
抱き合う安心感や繋がりを感じたいというのは根源的な欲求だと思うし、快感を感じたいというのも身体があるからこその悦びだ。
だけど何となく世間は、高齢になれば性欲はなくなるものだと思っていて、高齢者から性を感じた時には気持ち悪いとか、いつまでそんな、、という雰囲気を醸し出す。
先にも書いた通り、わたしも若い頃はそう思っていたけど、今となっては性欲に年齢は関係ないと思う。
男女共に身体の機能は落ちるだろうから、若い頃のような激しいセックスや挿入を伴うものじゃなくなくても、触れ合い、抱き合うことはできる。
映画の中では独り身になった寂しい男性や、様々な境遇の女性がいたけど、その売春クラブ自体がファミリーを謳っていて、みんなの拠り所になっていた。
クラブのオーナーの女性が、「正しいことが幸せなことではない」というセリフが何度かあったのが印象的で。
売春というのは、日本の法律ではいけないことだけど、実際そこで生まれる交流に救われていた人達は多かったと思う。
元となった事件が10年以上前なので、今は出会い系アプリもたくさんあるし、使いこなしている世代が高齢者になる頃には、売春の形ではなくても個人的な出会いを作れるとは思うけどね。
映画の内容はこれから観てみたい人もいると思うから詳しくは書きませんが、いろいろ考えさせられる話でした。
「正しいことが幸せなことではない」というのは、いろんな事に当てはまるけれど、特に性という本能の欲求に、社会が作ったルールや常識で正しさを押し付けることは本来不自然なことだろうね。
不倫や風俗通いは、正しくないと叩かれるけど、本能的な欲求が満たされずに死んだように生きることは正しいのか。とりあえず幸せではないだろう。
ここはルールだけでなく感情も絡むところなので難しいところではあるけれど、性欲、性エネルギーに対して、もっとみんなが大切で当たり前なものになるといいなと願っています。
とりあえずわたしが自分の活動を通してできることは、性の概念を変えていくこと。
いくつになってもパートナーとの営みを楽しみたいし、その為にも、そして自分の性エネルギーを健全に使っていく為にも、自分と繋がるセルフプレジャーを啓蒙していきたい。
80代になっても、美しいワンドで身体を愛でているって素敵じゃない?
その頃には、女神ババーヌと呼ばれているかもしれませんが、今よりもっと性の悦びが当たり前になってるね♪
高齢者の星になれるようこれからも頑張ります♡









