阪神・淡路大震災から21年 | ハンドメイド作家さんのための可愛く撮れるフォト

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阪神・淡路大震災から21年




こんばんは★


ゆったり♪楽チン♪に、お召しいただける

お洋服作りを、目指しております

m*calm(エムカーム)です






1995年(平成7年)1月17日5時46分



あれから21年

阪神・淡路大震災のこと

風化されてきているなと思います





私自身も



明日は1.17だな~と
うっすら思い出したぐらいなんで



やっぱり

仕方ない部分もありますが
忘れることのないように




今回もブログに書いてみました











なくなった沢山の方たちへの追悼
ご冥福をお祈りいたします











その日の明け方

大きなゆれで
朝が苦手なワタシでも飛び起きるぐらいでした



大阪の北のほうに住んでいたので
揺れもまだマシな方だったはず。。。

実家と隣同士で
祖母と住んでいた部屋は(マンションですが)
本棚が倒れるぐらいの被害しかありませんでした


隣の実家は
食器が割れる被害がありました




後に

他の棟は
水道タンクが破裂したようで
断水した被害を聞きました


それでも


当時はまだ
入行2年目

朝のニュースもまだ報じられておらず


父と一緒に
最寄の駅までいきました




そこは
道を挟み
高架になっている駅




電車を待っていると


余震が


駅がかなり揺れて
駅自体がしなってる感じで

直感で
死ぬ!と思うぐらい揺れで
尋常ではなかったです



父は出勤をあきらめ帰宅




ワタシはバスに乗り換え何とか
会社の駅の1つ隣まで行けました

そこで
またバスを乗り継ぎ何とか出勤




9:00ギリギリに出勤で
遅刻してしまった

という焦りがありましたが

到着したらしらない行員の方が
4人しか来てなくて
コトの重大さが徐々に
わかってきたところでした


そういう緊急事態のときは最寄の支店に出勤で
良かったんですね
知らなかったんです


金庫が開かないから業務も出来ないけど
とりあえず窓口に座り

シャッターも半分だけ開けての営業






それでも
受験の時期ですので
お客様はいらしてたんです

受験料の振込みもあったりで
領収印は金庫だし
なんだかてんやわんや

そうするうちに
ちらほら行員も出勤してこられました



近くに泊まりで明日に備える方もいらしたり
上司は大変だったんだと思います

神戸方面にお住まいの行員は
連絡がつかず
安否確認できていなかったり






高速道路が横転
火事が広範囲で大変なことになっていたことは

帰宅してから知りました


銀行の寮が芦屋にあったんですが
そこに住んでいた人の話を聞くと
ホント生きるか死ぬかの瀬戸際だったと
すごい体験談でした


短大が神戸だったので

三ノ宮の町が。。。生田神社が。。。

ビルの倒壊
など




知っている景色が・・・


テレビを通じて映される景色が・・・



2,3年前に通っていた



景色の変貌に



すごくショックだったのを
覚えています






南海トラフ巨大地震が起こる

なんていわれていたりしますし

また
突然の災害に備える意味でも

思い出し

日々を大切に過ごしていけるように
していきたいなと思います


備えあれば憂い無し



少しでも普段から準備しておきたいですよね