こんにちは!MAYUです。

 

 

書こうと思って、なかなか書けなかった記事があります。

 

これが愛媛で私が面食らった事実。

 

なかなかアップするに至らなかった。

 

今日は最後まで書けるかな?(^_^;)

 

 

 

 

昨年の春、愛媛に越してきて3ヶ月後、

 

私は何かの巡り合わせのように、あるイベントに行きました。

 

 

そこで、1人のセラピストさんから、

 

「あなたは不幸好きです」と言われました。

 

それを言われた私は、しばらく頭の中が???となってフリーズしたのを覚えています。

 

 

 

その頃の私は子供を死産で亡くしたばかりで、

 

その子から「お母さん、自分を生きなよ」とメッセージを受け取り、

 

「自分を生きるってどういう事???第一そもそも私ってなに???」

 

という疑問を抱えていました。

 

 

 

そのセラピストさんは、愛を持って私に「あなたは不幸好きです」と言って下さった。

 

それは受け取れたので、不思議と「カチン!」と来なかったのですが、

 

そもそも「不幸好き」という言葉の意味合い分からなくて、

 

家に帰ってからも、しばらくはその言葉に悶々としていたのを覚えています。

 

 

 

こういうのも何ですが、私はお寺に嫁に入り、それなりに

 

真面目な「良い嫁・良いお寺の奥さん」だったと思います。

 

 

 

嫁に行く前は、知り合いに方から

 

「電信柱にでも頭を下げなさい。」と言われました。

 

「あなたは知らない人でも、向こうの人はあなたのことを知っているんだからね。」

 

そういう意味です。

 

いつも誰かに見られている。。。窮屈な世界。。。。

 

無意識のそんな恐怖が嫁に行く前には既にあったように思います。

 

 

お寺という知らない世界に嫁ぎ、大変なこともありましたが、

 

「人生は修行だ。みんなも大変で、みんなも頑張って生きているのだから、

私も大変で当たり前だし、それを分かった上で嫁に来たのだから、文句をいうのはお門違い」

 

だと思っていました。

 

 

 

息子はその頃2歳で、子育てもそれなりにキチンとやっていました。

 

登園しぶりにも負けず、連れて行かなきゃと私も頑張り、

 

妊娠中だったにもかかわらず、つわりで辛いながらも

 

暴れ泣く息子と荷物を抱えながら、歩いて保育園まで送っていく毎日。

 

好き嫌いがたくさんありましたが、「小さいうちから何でも食べさせなきゃ」と、

 

怒りながら、イライラしながらも食べさせていました。

 

私もそんな毎日がイヤで、泣きたかった。

 

でも子育ても大変が当たり前だと思っていました。

 

主人の父や母との同居という事もあったので、そういう目を気にしていたというのもあります。

 

 

 

私は少なからず頑張っていたのです。

 

周りの迷惑にならないように。人の目を気にしながら。

 

嫌われないように。子供をキチンとした大人に育てるために。。。

 

 

なので「あなたは不幸好きです」とハッキリ言われた時は、

 

真面目に頑張ってやってきた私が不幸好きってどういう事???

 

と目が点になり混乱しました。

 

 

その後「不幸好き」とはどういうことなのかが知りたくて心理学の世界へ。

 

「心の勉強」を進めていくと共に、

 

「そうか、不幸好きとはこういうことだったのか・・・。」とふに落ちたのです。

 

 

 

私は確かに「不幸好き」でした。

 

私がやっていたのは、「本当にそうしたい」のではなく、

 

「周りから常に私がどう見られるか」を気にした上の行動でした。

 

 

「あそこのお寺のお嫁さんは・・・」と言われないように、

 

息子が将来何か問題を起こしたり、「普通」から外れたときに、

 

「どんな子育てをしたんだろう」と私が言われないための子育てだった。。。

 

常に何かに怯え、自分自身を自分で縛っていた。

 

勝手に自分の法律で自分を苦しめ、その法律を私以外の人にも当てはめ、

 

そうする事が「当たり前」「子供のため」と自分を正当化していましたが、

 

結局は全部自分のためだった・・・という事に気づかせてくれたのが、

 

そのセラピストさんからの一言でした。

 

 

 

日本人、とくに日本の女性は、文化、伝統、宗教などの影響から

 

昔からの「こうあるべき」という概念に知らない間に縛られることも多く、

 

もちろんそれが日本人の良いところでもあるのですが、

 

しらない間に「日本という名の宗教」のなかで縛られて行くことは多いと思います。

 

 

 

後ろ指を指される様なことをしてはいけない。

 

お寺の品位をさげるようなことをしてはいけない。

 

みんなのルールには従わなければいけない。

 

イヤなことでもやらなければいけない。

 

真面目に生きなければいけない。

 

ハメを外してはいけない。

 

嫁の分際で、自分の意見を主張するもんではない。

 

子供は最低限、他人から後ろ指を指される様なことがないように育てなければいけない。

 

 

 

その様に、自分でいつの間にか潜在意識にすり込んでしまった自分の法律。

 

その法律は、いつのまにか自分の感情さえ見えなくしてしまいます。

 

感情を無視、しまいには完全に蓋をして自分の中でなかった物としていく。。。

 
 

 

 
 

正しさを振りかざせば、振りかざした相手からは

 

ちゃんと同じような「その人の正しさ」が返ってくる。

 

そんな苦い経験もたくさんしました。

 

会話のない家庭内別居のような事も何度もありました。

 

そして自分の中の「限界」に達したとき、

 

主人の愛媛転勤の辞令が出たのです。

 

私にとっての生き直しの為に一旦お寺を出ることになりました。

 
 
1年半前までの私のように、この気づかぬ罠で苦しんでいるお母さんて多いと思います。
 
「あなたは不幸好きです」と厳しい言葉で言ってもらえるまで気づかないでいるのかも。
 
この記事が、そんなお母さん達の目にとまってくれたらと思い記事にしました。
 
 

 

 

亡くなったこどもからのメッセージはこの生き直しに繋がっていました。

 
既にストレスで一杯なのに、見てみないふりをしていた私へのメッセージ。
 
外側だけを大事にしているようなふりをして、
 
自分自信を裏切っていた。粗末にしていた。
 
それに気づかされた時、「子供への感謝」が自然と湧きあがり、

 

親の幸せを願う子供の偉大さに感動したのです。

 

「こどもってもんはスゲーーー」と。

 
 
もう手放しの時でした。
 

 

ここ愛媛で自分の潜在意識の中にある、

 

今まで閉じ込めていた感情、気づいていた、なかった事にしてきた想いに正直になること、

 

自分を開いていくこと、

 

怖さを越えていく勇気を持つこと、

 

頑張ること、頑張らないこと、に向かい合っていくうちに、

 

自分を縛っていた縄をほどいていく事が出来ました。

 

 

 

 

自分を信頼する事が出来てきた背景には、

 

数秘鑑定でたくさんの方とお目にかかれたことが大きかったです。

 

どんな方も私を受け止めて下さった。

 

その積み重ねで「必要な事しか私には起こらない」と言い切れるようになりました。

 

私の潜在意識の蓋を開けたのは絶対的な自分への信頼。

 

 

 

 

 

絶対的な自分への信頼が、潜在意識の蓋を開ける。。。

 

蓋が開いてしまえば、スプーンも簡単に曲がるようになる。

 

半年前は曲がりませんでした。

 

「出来るか出来ないか」ではなく「出来るのが普通」と思えばそうなると分かっていても、

 

なかなか出来なかったスプーン曲げ。

 

とうとう曲がりました。人差し指1本でクニャッと(笑)。

 

どうやら開いたようです(*^_^*)

 

 

 

今は頑張ることも逆らうこともしなくなった私は、

 

来年から潜在意識のお話を心理学と共にお伝えしていきます。

 

 

■子育て中のママへのお話会■

愛媛を去る前に「子育て中のママに贈る、潜在意識のお話会」を開催します。
1年半前、「あなたは不幸好きです」と言われた私が、

どうやって「不幸の蓋」を外していったのかもお話しします。

詳細はまた後日・・・。
 

日にち:12月8日(金)

時 間:午前10時~お昼過ぎまで

場所:松山市内(場所は決まり次第お知らせします。)