「贅沢していないつもり」は自分だけの感覚だから、他の人から見たら私は贅沢し過ぎているのかもしれない。
ブランドの服やバッグを買わなくても、少し色褪せた服は、すぐに買い替えたくなる。
仕事に着ていく服はカジュアルなものがほとんどだけど、今ある服や靴が少しでもくたびれた感じになると、新しいものを買ってしまう。
月に4~5回しか受けていないオンライン英会話のレッスンにお金を使っている。
CMが入らず、バックグラウンド再生できるというメリットだけで、YouTubeプレミアムを契約し続けている。
コンビニに行けば、おいしそうなスイーツを買わずにいられない。
いつも今の自分を喜ばせることを優先している。
我慢したら余計に反動がくるから。
我慢は身体によくないから。
そうやって自分に都合よく言い訳して、後のことを考えずに行動するところがある。
昨日、義妹と外でお茶をした。
義妹には夫が失業していること、彼が仕事も探さず毎日家でYouTubeを観ていること、私が過去に夫から暴力を受けたことも一通り話した。
そんな状況であれば、私が夫と離れたいと思っている気持ちも理解してくれるだろうと思ったからだ。
夫の悪い面ばかりを話すのはフェアではないので、私も自分の浪費癖について正直に話した。
義妹は夫の肩を持つわけでもなく、私に同情するわけでもなく、中立の立場で話を聞いていた。
きっと、言わなくてもいいことを話す私に失望しただろうし、義妹に味わわなくてもよい感情まで味わわせてしまったと思う。
彼女は夫と同じ家庭で育ったから、節約上手だ。
そして、私のお金の使い方に関しては、夫と同じ考え方だった。
自分としては、そこまでお金を使い過ぎていると思っていなかったから、すこし悔しかった。
私が「それほど贅沢していないつもり」と思っていたのは、自分より収入のある家庭と比べてそう思っていただけなのだろう。
いまの家計の状態を見て、それに合ったお金の使い方をしなければならないのは当然のことだ。
私が向き合わないように避けてきたこと、義妹からズバリ言われた気がした。
義妹には、昨日わざわざ時間を作って私の話を聞いてもらえたことに感謝している。
私が夫と離れたいと思っている気持ちは尊重してくれたけれど、焦って衝動的に行動することは避けた方がいいと言ってくれた。
それよりも、私のお金の使い方とか、子どもたちのこととか、いま本当に考えるべきところは他にあると言いたかったのだろう。
友人とは違う立場で話を聞いてもらって、私のなかで気持ちが整理できたように思う。
いつでも自分だけを優先しすぎてはいけないのだ。
話は変わるけれど、昨年の8月から始めた手書きの家計簿が1年続いた。
自分で言うのもなんだけど、継続できていることは素晴らしいと思っている。
ただ、家計簿で現状を把握して、それで満足しているだけではいけないのだろう。
最近はずっと赤字続きだけど、家計簿をつけているおかげで黒字が続いていた月もあった。
明日から始まる2冊目の家計簿では、もっと支出を見直したほうがいいだろう。
節約ばかりを意識すると苦しくなりそうだけど、まずは8月の家計簿を黒字にできるようがんばってみようと思う。