​自分はどうありたいか



子どもたちが

小さな頃は


朝早くから

カーネーションを

買ってきてくれて


みんなで

感謝

してくれたものでした



カーネーションだけでいいのですが

後年は、そんなこと忘れてみんな適当でしたけど

これはきっと夫が…ですね(笑)



そもそも

母の日は


子どもたちが感謝したいから


というより


お父さん

配慮


あってこそ

イベントとして

成立していたわけで


子どもたちが

成人し

お父さんの配慮が

失われると


成人した子どもたち

それぞれのセンス

お祝いというより

感謝の仕方

になっていくのは

必然です




忙しさにおわれ

感謝も忘れてる息子も

結婚したら

お嫁さんの

配慮

またカーネーションが

やってきたわ


というお家は

意外と周りにいます


感謝より配慮

…とはいえ


それでも

そういう機会があった方が

日本人にはもしかしたら

何かを表すのに

都合がいいこと

なのかもしれません






私は

母の日は


自分を産んでくれた母を想い

自分が生まれてきた意味

考える日にしたい

いつも

思っています



父が早くに家を出てしまい

細腕で

私を育ててくれた亡き母


私は小さい頃から


ママを悲しませない

良い子でいたい


思っていました


けれど結局そんなに

良い子でもなかったようで


母に

ある日

言われたのです


ママを怒らせていたら

ママは早死にしてしまいます


あなたにとっては

ママが長生きした方が

得なのに、それでいいの?


と…


この言葉は

今でも

忘れられません



何で怒らせたのかは

まったく覚えていませんが


自分の子どもたちを叱るとき

いつも

母のこの言葉が

私の頭をよぎります




母は本当に65歳という若さで

この世を去りました






2025年

母の日


家族から何もなくても

若き整体の先生から


いつもありがとうございます♪

母の日おめでとう御座います。

これからも健康で

いつまで綺麗なますみさんでいれるように

微力ながら

お手伝いしていきますね(^^)


言葉をもらった私

なんて幸せなんでしょう



そして今

私はやはり


ママを悲しませない

少しでも

ママを喜ばせる人でありたい


あらためて思うのです



ママ

ありがとう


母の日は

私の母の日

として

心の中でお祝いし

自問自答する日です




世界中の誰にも存在している

自分を産んでくれた、育ててくれた母たち

その母たちに感謝の乾杯を!

そしてみんながその母たちに褒められる

《良い子》でいたら…世界は必ず平和です