私と母の関係の『依存型』と
私とムスメの関係の『道具型』は
実践プログラムを聞きながら
「その通り!」
と膝を打ちました。




で、私とムスコの関係はどれだ?




ともう1度見直すと
私とムスコの関係は
『コントロール型』
でした。




プログラムの中では
「捨てさせたい」
を例に挙げてあったのでピンとこなかったんだけど
これを
「ゲームをやめさせたい」
に置き換えると
私とムスコの関係そのものでした。












〜実践プログラムより〜

子どもにゲームをやめさせたい→言うことを聞いてくれない→衝突する。

誰だってさせられるのは嫌。
反発や無視があるだけ。

させようとしている親は
子どもが言うことを聞いてくれない限り
問題は解決しないと訴えてくる。





コントロール型の特徴は
「させる族」であり
「こうさせるにはどうしたらいいですか?」が口ぐせで
「させる族」にとって家族は使役動物性のようなもの。
すなわち、家畜ですね。
思い通りに卵を生め
美味しい肉になれ
と言っているのと一緒。

当然家族は反発します。

客観的には操作しようとしているのに
本人はそれを愛情と思っている。

〜抜粋ここまで〜










いやあ。
恥ずかしい。

使役動物のようになんて
これっぽっちも思ってないけど。

やってることは、同じだわ。









〜実践プログラムより〜

とにかく、この『コントロール型』に大切なのは
【自分と他者を分離すること】。

他人は変えられないけど、人は変わる。
変えようとしている限りは変わらないことを理解すること。




まず、自分自身が自分のために行動を起こすこと。
ここをスタートに持ってくる。




そして、ゲームをやめさせたいという
自分の動機を明確に確認すること
相手を尊重すること。

〜抜粋ここまで〜













【自分自身が自分のために行動を起こす】
私はひたすら自分に向き合う『断捨離』をしました。

3年以上かかったけど
今はムスコをコントロールしようとする気持ちは
ありません。

っていうか、私はコントロールの「コ」の字も出せないくらい
ムスコから猛反発をくらったということです。





あんなに嫌だった 「ムスコのゲーム漬け」は
いつの間にかなくなってます。

まあ、ムスコはテを変えシナを変え
色んなことを私に投げかけながら
私の愛情を確認しているのだな、と最近は感じるけど。

だって、私の嬉しかった不動の1位は
『ムスメが生まれた時』
だもんね。

ここにムスコはひがんでいるのかも。

ごめん、ごめん。

キミが生まれた時ももちろん嬉しかったんだよ。

これは生まれた順番の宿命みたいなもんで
しゃーないの。  

『先に生まれた』ってだけで
ムスメが1番なわけで。

そこに、愛情の差はないからね。

安心していいよ。

「これ、なあに?」