今日何食べたい?

ありきたりな言葉のようで
答える側にはむちゃくちゃ
難しい答えじゃないですか?

その裏側には
どんな気持ちが隠れてるんだろう?

私は母からそれを問われて
答えが通ったことはほとんどない(笑)
けど聞かれたことは度々ある。
夫に聞いたこともある。


何気ない日常会話なら問題ない。
聞いた人がそれを喜んで作れば
幸せな日常の一コマだ。


けれどそこにザワザワする自分がいた。
過去…
私の母は自称料理下手だった。
基本的に美味しく食べられるものが出てくるが、たまに失敗がある。
それは誰にでもあるのだが
絶対に食べる事を強要してくる癖があった。
栄養を摂らせたいという親心だったのだろうが。


話は振り出しにもどる。
今日何食べたい?

私がそれを夫に問うた時
そこにはどこか
あなたの要望を聞くのだから
私の料理に何も文句を言わないでほしい。
というような、
自信が一切ない。
栄養素というなにか漠然とした
自分じゃないモノ
よくわからない見えない価値を
与えることでしか、受け取ってもらえなような感覚がうずいた。
どうか認めて欲しいという思いを
自分の中で感じていた。

それは、多分母の持っていた
感覚をコピーしたんだろう。
これを癒着の状態といいます。


そこに気づいてからは
長い時間をかけて、丁寧に
料理を通して
その認めてほしい感覚を観た。

家族じゃない誰かに
特別な料理を振る舞うことだったり、
自分の作った料理に
美味しいという言葉を自分でかけてあげたりして
自分の認めてほしいを
ずーーっと認めてあげていった。
今も。

私の作った料理には
私のエネルギーがのってる。
5人の子供に向けたメニューは
カレーや牛丼オムライス、簡単なメニューばかりでw
ごめんねと思う時もあるんやけどね。

私が私の価値を受けとるばっかり。