母が病院へ救急搬送された状況を備忘録として書いてますので、興味の無い方はスルーしてくださいm(__)m


これまでの内容・・・その①
これまでの内容・・・その②


救急診察室を出て、搬送されてから初めて母と対面し、ホンの少しだけ会話をしたら、スッと戻って来た若い男性の看護師さんが、母の乗るストレッチャーを押しながら『では今から病棟へ上がりますね!』と、夫と私も一緒に病棟入口(エレベーター前)まで行き、母は病室へ(PCR検査の結果が出るまでは個室に)、私たちはデイルームへ通されました...


≪翌日、夫から聞いた話し≫
エレベーター内で、若い男性の看護師さんが母に何か質問したそうで、母は『声は聞こえてたよ!救急隊の方が頑張ってくれてるから、お母さんも頑張ってね!って娘に言われたの~』と...私はエレベーターの出入口に居たので、そんな会話は聞こえなかった(記憶に無い)のですが、夫は、母と看護師さんとの会話を間近で聞いてた様で、意識が朦朧としてる中でも、耳はちゃんと聞こえてる!とは正にこの事なんだな!と思ったそうです...


≪話しは戻ります≫
病棟の看護師さんが来るまでに、問診票に記入するのですが、長年、母と同居してても、母の分からないところが多々あることに気付かされました...
母が寝たきりになってから『薬が手元から転がって飲めない!』と言われて、私がお薬の時間を決めてしっかりと飲ませてたけど、薬の数が多すぎて(言い訳ですね)薬の名前や効能までは覚えませんでした...だから、今回の様に低血糖にさせてしまったのだと思います(猛省してます)...

担当看護師さんと問診票を見ながら、母の情報を更に細かく説明をし、あとは入院中に必要な物(持参するモノ)の確認をして、夫と私は起立し『ワガママな所も有りますが、どうぞ宜しくお願いします』と一礼をし、病棟を出ました...


≪チョッと愚痴です≫
1階受付窓口脇の入退院手続き窓口で、入院の手続きに行った際の、事務員の態度(言動)にチョッとムカついたのです!
窓口の方は毎日毎日、同じ業務で手慣れた内容を扱ってるでしょうが、こちらは当日、親が救急搬送されてまだ気持ちも動揺してる状態な訳ですよ!
なのに、こちら側を睨みつけるように見て、同じことを3回仰いましたけど、、、マスクはしてるし、透明アクリル板で声は聞こえずらいし、口調はケンカ越しだし!!!(たまたま、その事務員の気分が悪かっただけかもしれませんけど)
担当の先生も、救急診察室の看護師さんや病棟の看護師さんなど、皆さん良い方々だったので、最後の最後でイヤな気持ちにさせられて、気分ダダ下がりでガックリでした...


≪帰りの車中で≫
母の意識が戻った事を喜びながらも、退院してくる迄に、1階の倉庫と化してる部屋の片付けを急ピッチでやらねば!と...夫と父とで一致団結した訳です!!!


≪最後に≫
母にはチョッと可哀想な事をしたけど、私は母のお陰で、人が意識混濁(朦朧)になった場合の表情がどうなるのか?を、40歳半ばになるまで知らなかったので、母が生き字引となって教えてくれたと思ってます...

お母さん、ありがとう!
1日も早い回復を祈ってます!!!





≪あ、追記です≫
救急搬送された7日当日の夕方に、再度、B病院へ母が必要としてる物(携帯電話など)や、病院側から指示されたモノを持って行ったのですが...
起き上がれない母は、多分、荷物の確認は出来てなかったのでしょう...
何通もメールを送りましたが、母からの返信メールが全く届かないので、母の手に携帯電話は届いてない!と確信しました...

今日1/9(土)の午前中にB病院へ電話をし、病棟ナースステーションに取り次いでもらい、届けた荷物の中に携帯電話が入ってる事を伝えました...
すると、10分足らずで母よりメール有り『携帯電話を届けてくれて有り難う』と...

年末に我が家へ母の様子を見に来てくれた母の元同僚の方々に、母が入院したことを伝えたので、多分、応援メールが送られてるハズです!
寝ながら返信するのは大変だと思うけど、それは母の筋力UP(リハビリ)になると思うので、何とかめげずに頑張って欲しいです!!!





長々と...
最後までお読みくださり、ありがとうございましたm(__)m





コロナの少しでも早い終息を祈ってますクローバー