***今日のワンポイントヨガ***
ヨーガの実践が進みますと色々な
神秘体験
が生じてきます.
例えば夢見が大変よくなったり、寝ているうちに神々の世界へトリップしたり、瞑想中に快感を生じたりですとか。
もちろん、神秘体験とて、低い世界の神秘体験
から高い世界の神秘体験
がありますから、あまりこだわらないほうがいいわけですが、神秘体験がしやすい方、またまったく生じない方の差異が実は生じるのです。
一般にヨーガでは、身に対するとらわれが強い魂は、神秘体験をしにくいと言われています。
それは、このような理由からです。
神秘体験は人間の世界と異なる高次元の世界に入る体験ですから、身体に執着が強いと意識がその世界に固定されているので高い次元の経験をすることがなくなってしまうのです。
身体に対する執着とは、身体が自分自身であると考える魂、身体に過剰に敏感な魂(風呂に毎日絶対に入らないと嫌ですとか、エステなど、身体に対して多大に金銭を描けたり、身体の変化、老いの兆候、シミ、白髪、シワなど異常に気にかける魂など)、これは、身に対する強い執着
から生じるのですが、これらの傾向が強いとなかなか神秘体験は起きないとされているのです。
ヨーガでは、肉体とは別に微細身体と呼ばれる、微細な透けるような身体が眠っていると考えられています。
これは、仙道やチベット密教、精神世界の一部でも同じ考えをします。
身に対する執着が強い場合は、この微細身体が抜けない、活動しないがゆえ神秘体験が起きないのです。
がゆえに、ヨーガでは、私は肉体ではなく真我であるですとか私は感覚ではなく真我ですとか、自己が肉体ではなく真我であることを納得させる瞑想を奨励するわけです。
それによって身体に対する執着、とらわれから開放されると、神秘的な体験をするようになっていくのです。
ここで注意が必要なのですが、背景にしっかりと功徳が積まれている状態、戒を守れている状態でないと、微細身体が下位の世界へ抜けて悲惨な体験

しかしません。
地獄
や
餓鬼
や
動物
の体験しかしないと、精神のバランスをくずしてヨーガ実践を挫折
しなければならなくなり、これは魂にとってはかりしれない打撃となりますので、充分な注意が必要です。
それを考えるならば、神秘体験
を追い求めるというより、日々の実践で多大な功徳を積み、しっかりと戒を守り、身に対する執着を離れるなら、勝手に神秘体験が起きるのを待つほうがいいかもしれません。
もちろん、非凡な功徳、非凡な戒の遵守があるなら、徹底的にヨーガの実技を実践し、神秘体験を堪能する素晴らしい道も存在するのは言うまでもありません。
その場合でも独学で決して行わず、必ず信頼のおける
指導者
が必要になります。
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆ *:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
わたしのひとりごと
神秘体験は子供の頃から
割とあったと思います
でも、ある程度成長した年齢になると
それは下位の世界への神秘体験だったように思う
子供の頃は空を飛んだり、気持ちの良い体験が多かったな
今は大人になり、中々夢すら覚えていないかも
素敵な一日を
ヨーガの実践が進みますと色々な
神秘体験
が生じてきます.例えば夢見が大変よくなったり、寝ているうちに神々の世界へトリップしたり、瞑想中に快感を生じたりですとか。
もちろん、神秘体験とて、低い世界の神秘体験
から高い世界の神秘体験
がありますから、あまりこだわらないほうがいいわけですが、神秘体験がしやすい方、またまったく生じない方の差異が実は生じるのです。一般にヨーガでは、身に対するとらわれが強い魂は、神秘体験をしにくいと言われています。
それは、このような理由からです。
神秘体験は人間の世界と異なる高次元の世界に入る体験ですから、身体に執着が強いと意識がその世界に固定されているので高い次元の経験をすることがなくなってしまうのです。
身体に対する執着とは、身体が自分自身であると考える魂、身体に過剰に敏感な魂(風呂に毎日絶対に入らないと嫌ですとか、エステなど、身体に対して多大に金銭を描けたり、身体の変化、老いの兆候、シミ、白髪、シワなど異常に気にかける魂など)、これは、身に対する強い執着
から生じるのですが、これらの傾向が強いとなかなか神秘体験は起きないとされているのです。ヨーガでは、肉体とは別に微細身体と呼ばれる、微細な透けるような身体が眠っていると考えられています。
これは、仙道やチベット密教、精神世界の一部でも同じ考えをします。
身に対する執着が強い場合は、この微細身体が抜けない、活動しないがゆえ神秘体験が起きないのです。
がゆえに、ヨーガでは、私は肉体ではなく真我であるですとか私は感覚ではなく真我ですとか、自己が肉体ではなく真我であることを納得させる瞑想を奨励するわけです。
それによって身体に対する執着、とらわれから開放されると、神秘的な体験をするようになっていくのです。
ここで注意が必要なのですが、背景にしっかりと功徳が積まれている状態、戒を守れている状態でないと、微細身体が下位の世界へ抜けて悲惨な体験


しかしません。
地獄
や
餓鬼
や
動物
の体験しかしないと、精神のバランスをくずしてヨーガ実践を挫折
しなければならなくなり、これは魂にとってはかりしれない打撃となりますので、充分な注意が必要です。
それを考えるならば、神秘体験
を追い求めるというより、日々の実践で多大な功徳を積み、しっかりと戒を守り、身に対する執着を離れるなら、勝手に神秘体験が起きるのを待つほうがいいかもしれません。もちろん、非凡な功徳、非凡な戒の遵守があるなら、徹底的にヨーガの実技を実践し、神秘体験を堪能する素晴らしい道も存在するのは言うまでもありません。
その場合でも独学で決して行わず、必ず信頼のおける
指導者
が必要になります。*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆ *:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
わたしのひとりごと
神秘体験は子供の頃から
割とあったと思います
でも、ある程度成長した年齢になると
それは下位の世界への神秘体験だったように思う
子供の頃は空を飛んだり、気持ちの良い体験が多かったな
今は大人になり、中々夢すら覚えていないかも
素敵な一日を
