数日前に親友から『たなちゃんは物欲がないから』と言われ、マジそうだと思いました。
欲しいものはないわけではないのですが、さりとてないσ^_^;
私は満ちています。
質素な暮らしですよ。
お金もそんなあるわけではないし、
ブランド品ともご縁はないですしね。
でも満ちているように感じることができるしあわせが、そこにあります。
それは愛する人、愛してくれる人がいるからですよね。
先日、53歳にならせていただきましたが、本当に様々な人生の経験を幼い頃から積んできていると思います。
そして、2002年頃からは華やかな世界も知り色と欲の波の中に生きてきました。
わずか10年前ね\(//∇//)\
42歳のクリスマスパーティの時、美容関係の仕事をしていたときです。
綺麗に、華やかに見せるのが仕事だった当時、
どう見せるのか、どう人は感じるのか?
そこにフォーカスして生きていました。
今は、かなり違うσ^_^;
はるかにドレスアップしていた頃より見せ方を追求していた頃より、今がしあわせなんですね。
2011年、夫婦問題相談所を開業した年の大晦日、人生で初めて腰をつけて、ゆっくりとゆく年くる年を観ました。
こんな一曲が流れてきました。歌詞をご紹介します。
兎追ひし かの山
小鮒(こぶな)釣りし かの川
夢は今も めぐりて
忘れがたき 故郷(ふるさと)
如何(いか)にいます 父母
恙(つつが)なしや 友がき
小鮒(こぶな)釣りし かの川
夢は今も めぐりて
忘れがたき 故郷(ふるさと)
如何(いか)にいます 父母
恙(つつが)なしや 友がき
雨や風につけても
思ひ(い)づる 故郷志(こころざし)を はたして
いつの日にか 帰らん
山は靑き 故郷
水は淸き 故郷
忘れもしない1986年9月30日、まだ、若かりし頃、師匠の前で歌わせていただいた曲、皆さまご存知のふるさとという曲です。
聞きながら号泣しました。
2011年、この年は私が夫婦問題相談所を開設した年でもあり、また東日本大震災のあった年でもありました。
毎年同じように巡りくる大晦日。
2010年の大晦日のわずか3ヶ月後に私たち日本人は、根底から死生観が覆るようなことが起きました。
あの大津波に流されていった方々、そして、遺された家族。
まさか、こんな思いで大晦日を迎えると誰が想像をしたでしょう。
私は、お仏壇の前に座り直し再び感謝の思いで涙しました。
生きていること、今生きてこの大晦日を家族安穏に迎えることができたこと、天職に出会えたこと。
1986年9月30日、師匠の前でふるさとを歌わせていただいたあの時から25年、私は師匠に誓ったことをどう実現してきたのか、自分が自分の人生に求めたものはいったい何だったのか?
自分の感情や感傷にまみれた25年だったように感じました。
これからの人生をどう生きるのか?
もう子どもも大きくなった。
他所のお子さんと比較すれば、足りないところはあるかもしれないけど、優しい親思いの良い子たちに育ってくれた。
自分の次の人生をどう生きるのか?
つくづく考えました。
ひとつは、夫婦や家族の問題でお困りの方々に、人生はすてたもんじゃない。大丈夫なのだ!と勇気と希望を与えることができるような人生を生きよう。
ひとつは、非正規雇用の増大、年金制度の崩壊とこの社会は、自分の力で生計をたてたいと本当に思われる我々の年代以上の人の自立に向けてお手伝いができるように成長しよう。
この2点を胸に刻みました。
もう、自分のための色と欲は卒業して、人の役に立つこと、社会の役に立つこと、半世紀を生かしていただいたことに対する感謝と決意の一晩でした。
しかし、あの2011年の大晦日を過ぎても、
どうしたらわかってもらえるのか、
どうしたら味方になってもらえるのか、
どうしたら応援してもらえるのか?
人を求めて生きてきたと思います。
しかし、去年から今年、医療関係者だった当時の経験からしても、人は年を重ねるごとに、どうしたって人の言うことはきかなくなる、きけなくなる。
人にも人の心の都合があり、自分の思うようにはいかないことを経験してきたように思います。
多くの人を見る中で、こんなことがわかりました。
しあわせだと思って生きてきた人の柔軟さと、
不幸せだと思って生きてきた人の頑固さ、
しあわせだと思って生きてきた人の素直さと、
不幸せだと思って生きてきた人のやはり頑固さ。
人は生きてきたようにしか老いることはできない。
自分に嘘をつき、作り笑いを浮かべながら何年も生きてきたら、結局のところ、肝心なところで、人を疑い、人には可愛がってもらえない人生に舵をとるのだと多くの方の人生を通し、自分の生き方をも振り返らせていただくことも増えました。
もう飾ることやパーティや美食飽食そんなものはもう卒業とでも申しますか。
補正下着も買った。
美顔器も買った。
エステも行った。
ネイルもした。
洋服にもお金を使った。
昨年の年末頃から、『人ではなく自分なのだ』と社会のお役にたてるために必要な時間を自分の24時間として、思いっきり使いたいな
と覚悟が決まってくると、したい仕事、したい勉強、やりたいこと、やれること、役に立つこと、自分にとっての価値や私に残された与えられた時間をどう生きるのか?どうお金を使うのか。
と覚悟が決まってくると、したい仕事、したい勉強、やりたいこと、やれること、役に立つこと、自分にとっての価値や私に残された与えられた時間をどう生きるのか?どうお金を使うのか。まったく価値が変わってきたと同時にやりたいお仕事をさせていただけるようになりました。
私の言葉が通じる人のお役に立てればよいこと、こうなってほしい、ああなったら良いのに。そう思うことすら私のエゴであることがわかりました。
どれだけ言っても言ってもらっても価値が違えば、人は行動を変えません。
そのたくさんの出会いの中でわかったのは
地位や名誉や財力、学歴、職歴、性別そんなものは実は人格と無関係であり、人は面の皮を剥いでしまえば、どの人もみんな同じなんだということ。
今は健康作りをして本当に命が求めることにだけ時間を使いたい、それがどうか一人でも多くの方のお役に立てたらしあわせだと思います。
エベレストへ!が、小さな目標♡
どんなものなのかしら。
もちろん上からみるの。上からね。
登頂じゃないの
(誰も思ってないσ^_^;)
(誰も思ってないσ^_^;)自分の人生を自分らしく生きる。
そして、自分に与えられたものを活用しながら生きる。
毎日丁寧に感謝しながら確認しながら生きていく。
そして、私を思ってくださる方の助言に素直に耳を傾け、自分らしく生きることにプラスαを取り入れていきます。
いくつになっても
何をしても
自分の価値なんてのは、ほんのひとにぎり小さな世界でしかないのですから

私にとって必要なものや大切な人もご紹介していきたいと思います







