最近、少々涼しくなってまいりましたが
最近感じていることをツラツラと。
ありのままの~

この曲が今年、日本中を駆け抜けました。
歌詞は、といいますと
降り始めた雪は 足跡消して
真っ白な世界に ひとりのわたし
風が心にささやくの
このままじゃ ダメなんだと
とまどい 傷つき
誰にも 打ち明けずに 悩んでた
それももう やめよう
ありのままの 姿見せるのよ
ありのままの 自分になるの
何も怖くない 風よ吹け
少しも寒くないわ
悩んでたことが うそみたいね
だってもう自由よ なんでもできる
どこまでやれるか
自分を試したいの
そうよ変わるのよ わたし
ありのままで 空へ風に乗って
ありのままで 飛び出してみるの
二度と 涙は流さないわ
冷たく大地を包み込み
高く舞い上がる 想い描いて
花咲く氷の結晶のように
輝いていたい もう決めたの
これでいいの 自分を好きになって
これでいいの 自分信じて
光あびながら 歩きだそう
少しも寒くないわ
なぜ、この曲がこれだけ胸打たれたのか?
誰もが「ありのままで生きたい」と願っているからですよね。
と、同時に「ありのままで生きる」ことの難しさを知っている。
しかし、これはひとつ大切なことがあるように思います。
本当に「ありのままでよいのか」ということです。
私はありのまま生きたくて生きれないという、とてもしんどい10代、20代、30代、40代前半を生きたように思います。
私は、私の「ありのまま」が、どんなものなのかがわからなかった。
そして、自分が「相手のありのまま」を受け入れることより、「自分のありのまま」を受け入れてもらえる相手は誰か?を探していたように思います。
そして、「ありのまま」を生きたくて
人生の紆余曲折を経験し、その中で思うのは
人は「ありのまま」を模索しながら
「ありのまま」の意味を知り
「ありのまま」を許し、許されていく
ということだと思います。
自分のありのままを受け入れてもらえることだけを求め、人にはありのままは許さない。そんな美味しい「ありのまま」はないということをまず、私たちは知るべきなのかもしれません。
そうしますと、最早この時点で、すでに
「ありのまま」ではないのかもしれませんね。
まず「ありのまま」の自分になることを求めたり
「ありのまま」でいられない自分を嘆くより
「ありのまま」とは、どういうことなのか?を追求していき続ける中で
自分にとっての「ありのまま」と
人にとっての「ありのまま」が
わかってくるのかもしれないですね。
今のままの「ありのまま」を許可するのも良し。
私にとっての「ありのまま」を追求するも、良し。
すべては私たちそれぞれの心の中にある
「ありのまま」がどんなものか問われるような気がします。