「掘る」と「考える」のちがいとは? | 結婚をみんなで一緒に考えよう!学んでみよう!

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~結婚教育研究家棚橋美枝子がお届けする大切な結婚のお話~

婚育カウンセラー 棚橋美枝子です。

先日、ブログを読んでくださった方から、このようなご質問をいただきました。
このあたり、この方だけではなく「どう区分けしたらいいの?」
とお考えの方、おられたと思います。
掘ることをしなければ、考えなくてすむけど
考えれば、掘ってしまうのではないの?

掘ることをしない=考えすぎない(思索しない)
掘る=よく考える(思索する)
このあたり、どう考えたらいいのでしょうか?

実は、この「考える」「掘る」は同意のようで同意ではないのです。
まず、「考える」と「掘る」はまったく違う部類です。

以前、こういうやりとりをしたクライアントさまがいます。
わたしの尊敬するコーチのメルマガがすばらしくご紹介をさせていただきました。
そのコーチはメルマガの中で亡くなられたお父様のお話を書いておられました。
少しヘビーな内容でしたが気づきというか学びの多い内容でした。

数日後、クライアントさんはこう言われました。
「みえこさん、もう驚きました。あんな背景が○先生にはおありだったんですね。
わたし、あのメルマガを読んで落ち込んでしまったんです。
そして、親子とは、人生とは・・・って考え込んだんです」

落ち込んだ=堀る
考え込んだ=思索する

実は「落ち込む」ときの感覚と「思索する」ときの感覚は一見とてもよく似ています。
「うううううう~ん」と突き詰めながら考える感覚と
「うううううう~ん」と落ち込みながら考える感覚と
とても一見近いと、たなはしは考えます。

私は彼女に聞きました。
「どうして落ち込んだの?」
「それは○先生のあんな姿の陰にこういうご苦労があったのだということを知ったからです」

再度聞きました。
「先生のお話を知って、どうして落ち込んだの?」
「落ち込んだというか、人生についてしっかり考えていかなくてはいけないな!って。
そして、しっかり考えてみたら、なんだかすっきりして、
丁寧に考えなくてはいけないって思いました。」

再度聞きました。
「気持ちは晴れやか?爽やか?」
「はい、なんだか爽やかですっきりしました。しっかり考えてよかったです。」
「ってことは別に落ち込んでいたわけでないのかな
よく考えてみたことから学びをたくさん
発見しできたのであれば、落ち込んだというのは違うのかもしれませんね。
思索できたのであって、いつものように掘って、落ち込んだわけではなかったのですよね」
「あっ、そっかはい、私は落ち込んだわけでも掘ったわけでもありません。
考えたのです。

「そうですよね。だから晴れやかな学びがあったんでしょうね」
「そうですね。私落ち込んでいません。考えただけです。しっかり考えただけです。
「良かったですね。落ち込む(掘る)と思索する(考える)ということの違いを感じられましたね」

ご理解できますか
人はとかく考えると掘るを一緒にしてしまいがちです。
でもまったく別物なのです。

考えるとは未来に向かい学びをさがそうとしプラスを見出すために思考することを指し
掘るとは過去に向かい後悔を探し出そうとしマイナスを見出すための感情を指します。

こんな感じが棚橋の解釈ですがいかがでしょうか?

棚橋的解釈であり、まったく辞書なども参考にしておりませんが
このように解釈をしていただくと少しご理解をいただけるのではないでしょうか

だから逆に言えば「掘っているだけ」なのに「よく考えている」と誤解されている方もおられます。
「うちの旦那は何も考えていません!わたしは真剣に考えているのに」
よく女性から出る言葉です。
しかし、意外と「掘ってるんだけどな」と残念に思う方もその中におられます。

夫婦問題は過去にあったことは誰かのせいにして人を責める材料になれば、
それは「掘る」ことです。
過去のさかのぼるのは同じ過ちにならないように自身をどう変えるのかという
未来への材料になれば「考える」ということになるのではないかと考えます。

この違い、なんとなくおわかりいただけますか^^
また何か頭によぎりましたら書いていきたいと思います







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