今日は奈良はみぞれというのでしょうか
雨と雪が混じっています。
でも、それほど寒くはないのです。
みなさまのお住まいの地域はいかがでしょうか
さてさて、こんなことを感じましたがみなさまはいかがでしょうか
わたしたちは人によく感謝を感じます。
「○○さんのおかげ」
「○○さんがいてくれたから」
みなさん・・・その本当の本音がわかる瞬間ってわかります?
たなはしは何となくわかる気がします。
この「○○さんのおかげ」「感謝しています」
って意外と利用価値がある人を相手にだと
まあ、お世話になっている人を相手にだと
人間も年を重ねるとそんなワードを使えるようになるのです。
その言葉が本当かどうかって
実は頼みごとをしたときにわかるんですよね・・・
「えっ、わたしがするんですか?
」「はっ、どうしたらいいんですか
」普段は絵文字でばんばん花咲くメールでも
ものを頼むと、たった一行でそっけなく嫌そうなオーラ満開

そういうご経験はおありではないですか?
たなはしは、ある方から「頼まれごとは試されごと」
と学びました。
その言葉は頭ではわかっていました。
でも、そういうことって意外と頭でわかっているようで心ではわかっていない。
意外と「えー」という心が見え隠れするわけです。
たなはしは往々にして頼まれごとが試されごととわかっていても
中々その言葉の意味が理解できていませんでした。
でも、少しずつわかってきました。心でね。
なぜなら、たなはしの周りにはそんな人が多いですね。
感動させてくれる人たち・・・
頭でわかることが心に根付いている人。
頼まれたことをそのまんましていても意味がない。
そのまんまだと「ありがとう」の言葉で、
そのことは忘れ去られる。
頼まれたことを感動させるくらいで
想像以上の感動をさせるくらいで返すのだ。
たった一本の缶コーヒーを買いにいくというような
頼まれごとでも感動を与えてドラマにして
「缶コーヒー」といえば「あなた」を思い出すくらいの
話しとして記憶に残させるのだ。
頼まれごとは試されごと。
この癖がつけば人生はおもしろくなる。
みなさんはどう思われますか?
なんだか人のご機嫌をとるようでいやですか?
なんだか面倒くさいですか?
実は昨日、うちの京都府在住の受講生さんに
「実は新聞に載るんだけど、京滋版で奈良ではなくて買って欲しいんです。」
と、一行だけメールをしました。
そうしますと「わかりました!!うれしい!
かき集めます!!」彼女はたなはしが載った新聞を求めてコンビニを寒い中
原付に乗って七件回ってくれ、そのあげくの果てに事務所に
来られる道中の駅でも買って15部も持ってきてくれたのです。
コンビニって一店に2部ずつしか同じ新聞をおいてないらしいです。
だから、彼女は住んでいる町のコンビニを7件もまわってくれたわけです。
その上に「野菜いりますか」と聞いてくれたので
「うん、ありがとう」と軽く返事をしたものの
「重かった~
」彼女は野菜と新聞を持って訪問してくれました。彼女には「重かったやろおお」と言いましたが「大丈夫ですよ
」と満面の笑み。
彼女が帰ったあとに、片づけておこうと持ちあげた野菜の入った袋はすごく重かった。
でも、たなはしはこの初めて新聞に掲載された日の事は
彼女が新聞をかき集めて重い野菜と一緒に事務所に訪問してくれたことと
かぶさって一緒の思い出となり生涯忘れることはない記念日となりました。
たった「新聞を買ってきてくれへん?」の一行から
こんなに感動をさせてくれる人だから
運命を、未来を変えられる人になるのだと思います。
こういう心がすばらしいカウンセリングができる秘訣だと思います。
カウンセリングにしてもそうですが
人と共に生きることって
知識や経験や学歴ではないですね。
どんなにブログがうまく書けても
どんなにお金を儲けても
根本は「ひとりの人間」としてどう生きることができるのか
そこしかないと思います。
IQではなくEQ・・・
ここに人間力の鍵があると思います。
ここにご相談者さまが引き寄せられてくるのだと思います。
皆様はご夫婦でいかがでしょうか
夫に
妻に
そういう心を持って接していますか
損得だけで配偶者を見てはいませんか?
「頼まれごとは試されごと」
このことが心に整っている人として生きていきたいですし
お付き合いもしていけたらうれしいですね

