先日ランチをした友達が間を取り持ってくれ、{お互いの結婚などを機に連絡先などが変わり)連絡が途絶えていた旧友とLINEで繋がる事が出来た。

彼女もリウマチで、私よりずっと先に生物学的製剤を打っている事は人伝に聞いていた。

それで注射の事を聞きたい、連絡取りたいとずっと思っていた。

連絡先を教えてもらってからはトントン拍子に話が進み、LINEわずか数ターンで土曜日の10時半に彼女が我が家に来る事に。

それが昨日の事。

ブラックコーヒー、カフェラテ、紅茶と数種類のお菓子を用意して待っていると時間通りにping-pong!

玄関を開けると、昔とほとんど変わらない、やわらちゃん(旧姓田村亮子選手)似の笑顔がそこに!

いや〜、何年ぶり?亮子ちゃん(もちろん仮名)の結婚式の二次会ぶり?

うっそー!だとしたら30年は経ってるよ?長男が29歳だもん!など話しながら上がってもらう。

膝痛い?座椅子と椅子、座りやすい方に座ってて〜。飲み物は何がいい?と飲み物を用意して戻ると椅子の方に座っていた。

正座が辛いか、立ち上がる時がしんどいんだろうな…

話は自然とリウマチの事に。

亮子ちゃんが最初に打ったのはアクテムラで、打って1〜2時目から劇的に効果あったそう。

亮子ちゃんが打ち始めた頃は、自己注射の指導の為に4日間の入院が必要だったというから、生物学的製剤による治療が始まってまもなくの頃だったのだと思う。

自己注射の指導と初回の注射後、3日間は副作用などが出ないかの様子見だったそう。

まるで人体実験みたいだ。

その注射が合っていてしばらくは楽に過ごせたが、打ちはじめて数年経つと、体が慣れて来てしまうからか効き目も弱くなり、注射を変えないとならなければいけなくなったらしく。

次にエンブレムに変更したものの、体に合わなくてとの話。

合わないってアレルギーが出てしまうって事?どうなるの?

「痛みが全然おさまらず、血液検査の数値的にも跳ね上がって。もう、ほんとにあの時はしんどかった」

ここ数年はオレンシアで痛みはおさまっているそう。

「最初の注射から、全ての注射、1週間に1本だよ。1ヶ月に1回の注射とかあるんだね〜⁈」

1本あたり役8000円✖️4週間分なので、私のナノゾラと金額出来にはさほど変わらない。

彼女は他に橋本病と通風、喘息も持っており、そちらの薬代もかかっているようだ。(全部同じ病院なので診察料は1本化)

それに加えて、最近、血糖値が高くなっている事を指摘され、糖尿病になるのを避けるべく糖質制限の指導が入っているとか。

だから、飲み物もブラックコーヒーだったし、お菓子にも手をつけなかったのね…気がきかなくてごめん🙇‍♀️

亮子ちゃんから聞いた話で初耳だったのがプレドニン(プレドニゾロン)の副作用で眼球潰瘍が出来やすいという事。

目の調子が悪くて眼科に行ったら眼球潰瘍との診断。

痛くも痒くもない、視界にも影響はないけど、黒目に白い点が出来て、鏡でよく見ると盛り上がっている、白目は充血で真っ赤という症状(あくまでも彼女の場合)で、3種類の点眼薬を処方されていたとか。

ある時、かかりつけ医に眼科で眼球潰瘍と言われて…と雑談のつもりで話すと『あ、それ、プレドニン長く飲んでると副作用でなるんだよね』との情報。

リウマチ患者さんでシェーグレンを併発している人も多いけど、シェーグレンではなく眼球潰瘍だったの?

「その眼科で、口の中に綿詰めて、目の下に紙ぶら下げて検査してシェーグレンもありますねって言われたけど、だとしても本人に自覚症状がないのにこれ以上病気増やされたら大変!と思って、プレドニン飲まなくなって眼球潰瘍も消えたから、それをきっかけに眼科には行くのやめちゃった。あれから大分経つけど、現に今なんともないし。すごく軽かったか、眼球潰瘍の影響もあったのかも?」

プレドニン(プレドニゾロン)の副作用って色々あるんだな。

私が骨折治療中に別箇所を自然骨折してて、プレドニン長く飲んでるからな〜と執刀医に言われた話をしたら、亮子ちゃんも初耳情報だったらしく「骨がもろくなるなんて知らなかった!気をつけよう!」

お互い情報交換した後、亮子ちゃんのおばさんの話に。

2人共、自分達がリウマチになるなんて思いもしなかった若かりし頃(高校生くらい)から亮子ちゃんのおばさんがリウマチである事は聞いていた。

おばさんの世代的にも、リウマチの治療法も確率されていなかった頃に発症したので、ろくな治療らしい治療も受けていなかったのも大きいと思うが、手も足も変形が酷く、指が重なりあったりしていた。

そのおばさんが癌にも罹り(どこの癌かまでは聞ける雰囲気ではなかった)、癌の治療とリウマチの治療、真逆の治療になる為、どちらを優先するか?と癌の主治医とリウマチの主治医とご家族で話し合い、一旦は癌の治療を優先する事に決めたそう。

しかしながら、癌の方の治療も効果がさほど見られない中、リウマチの痛みもどんどん増して行き、おばさん自身も我慢出来ないと強く訴えた事もあり、癌治療を一旦やめてリウマチの治療を再開する事に方針転換したとの事。

ところが、その時肺に膿が溜まっていたらしく、リウマチ治療を再開した途端に肺の膿が全身に飛んで(特に左右どちらかの太腿の痛みを訴えていたそう)、リウマチ主治医が『ウチではもう診れません』、癌の主治医も『ウチでも診れません』とたらい回しにされ、短期間にあちこちの病院を転々とさせられたおばさん。

亮子ちゃんに電話かけて来て「亮ちゃん、何が何だかわからないよぅ」と言ったのがおばさんの声を聞いた最期になったと思い出して涙を流す亮子ちゃん。

「リウマチの人は癌にかかったらおしまいじゃん!なんの治療も出来ないって事じゃん!」と強い口調で言った亮子ちゃんの言葉が忘れられない。

おばさんを思い出して、力になれなかった事を悔いて泣く亮子ちゃん。もらい泣きする私。

しばらく会話にならなかった。


その後、亮子ちゃんのお子さんの話になったり、会話泥棒さんと縁を切る事にした経緯(亮子ちゃんも会話泥棒さんを知っている)や、私のネイルをよく見せて〜などなど、会話は尽きなくて。

気付いたら13時過ぎ。

亮子ちゃん夫妻は夜のみの飲食店を経営しており、仕込みなどもあるので慌てて帰って行った。

時間がもっと欲しかったよ〜。