ピグで話してたら、結構うけたので。

仕事や資格とはまったく関係ない話を書こうかと思います。

(うけることに弱い私は、そう関西人ニコニコ

転職ジャンルにいるままで書いていいのか悩むところではあるのだが。


ちらちらと書いておりますが

私には4人の子供が居ります。

1番(高校生女)・2番(中学生男)・3番(保育園生女)・4番(保育園男)

このお話は2番が幼稚園の頃のお話です。

このお話を「伝説」と名づけます。

どう「伝説」なのかは読んでお楽しみ。


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あくまでも私が思ったことを書いております。

お気に入らなかった方は申し訳ございませんが、素通りしていただくようお願いいたします。


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1番と2番が通っていた幼稚園は全体で100人ほどの小さな幼稚園。

その幼稚園に1番が年中のとき入りました。

地元に密着したその幼稚園では保護者が卒園生という方も多く、園長の力も絶大。

母の会の役員は大体卒園生の保護者の方を園長がご指名されるというもの。


私はその幼稚園の卒園生ではなく。

年中からということもあって、目立たずひっそりと生息しておりました。


ところがある日「敬老の集まり」があり

たいていは園児のおじーちゃん・おばーちゃんが来られるのですが

私の母が仕事をしていたため

当時元気だった私の祖母(子供たちのひーばーちゃん)が来てくれたのです。


園長先生  「あら、○○さんどうされたの?お久しぶりですねぇ」

祖母     「実はねぇ、ひ孫がお世話になってるんですよ~音譜

園長先生  「あらぁ、そうなのなんて方?」


実は私の母はその幼稚園ができたとき初代の卒園生だったのです。

祖母は初代卒園生の母。

園長先生もよーく覚えておられ、祖母宅の近所ということもあって挨拶はする程度のお付き合いなのでした。


その時。ひっそりと暮らしていた私の幼稚園ママ時代は終わりを告げました。

次の年の春。

申し訳なさそうな顔で2番の年少の担任の先生が、我が家のチャイムを押したのでした。 


「今年のクラス委員なんですが・・・汗


若干27歳。

母の会役員としての私の人生は始まりました。

そして2年後。

本部役員としての「伝説」の一年がやってくるのです。




書き始めたら、前置き長っあせる

先は長いぞ。

次の日記に続く・・・。