息子さんが小学2年生で
地域のサッカーチームに入ってる親御さん。
コーチの声掛けが辛辣な上
上手い子だけ名前を呼んで指導して
自分の子には見向きもしてくれない。
平等に試合に出すって言ってたのに
違うじゃないか!
これじゃあ息子が可哀想だ!
って不満をこぼされていました。
これ
私も経験してきたから
すごい分かる。
私も指導者に対して
いっぱい不満があったし
「もっとこうすればいいのに」
って
今思えば
何の経験もない私が
上から目線で他責をしていたよ。
(上に書いた方がそうだとは言ってない
今だから分かる。
それは
自分の子をもっと大切してよ
っていう心の奥からの叫びだった。
自分の子が
認められないと感じることが
(試合に出れないことが
悔しくて悲しくて不憫で
でも
そんな風に感じる自分も直視できなくて
怒りの矛先を指導者に向けていた、だけ。
向き合うべきは指導者じゃない。
まずは
子どもを通して見える自分。
子どもを不憫に思い
認めてあげられない自分。
なぜ
自分の子どものことをありのまま
認めてあげられないんだろう?
って
自分を責めるのではなく
自分に優しく疑問を持つこと。
まだ低学年
小さい身体で
毎週末コートを目いっぱい走り回る子どもに
試合の勝ち負けや
ゴールの有無に囚われて
「よく走ってたね」
「あのプレイ良かったな~」
そんな寄り添いの声掛けができないのはなぜだろう?
自分を責めるのではなく
自分に優しく疑問を持つことがめっちゃ大事。
そしてもう一つ
ちゃんと見てほしいのが子どもの顔や行動。
コートを走り回って
楽しそうにボール追いかけて
いいプレイがあったり
ゴール決まったら
コートの中の子も外の子もみんなで喜んでるよね?
…今ここを、楽しんでるよね?
親は
「傷付いてるんじゃないか」
「悲しんでるんじゃないか」
って心配するけど
実は子どもって
親が思うほど
傷付いてないこともある。
不憫なんかじゃない。
もちろん
指導者も人間だから
子どもにとって
本当に合わない指導者もいるし
環境が合わないなら
チームを変える選択も全然あり。
でも
ときにそれが
「我が子をちゃんと見てほしい」
「認めてほしい」
っていう
親側の執着からくる問題なのだとしたら
それは
子どもにとって
なんの得もないと私は思う。
寧ろ
子どもの好奇心やチャレンジ精神を
摘んでいくだけ。
(私は長男にこれをやっていた
子どもって
意外とたくましいし
ちゃんと今を楽しめる力を持ってる。
(っていうか、それしかないw
だからこそ
親の不安や執着で
子どもの「楽しい」を
奪わなくてもいいんじゃないかな。
子どもが今
何をしようとしているか。
どんな顔でプレイしてるか。
それが事実。
4人の子どもを育ててきて
(現在進行中
失敗に失敗を重ねてきた私だからこそ
伝えたいことがある。
私みたいな失敗をしちゃう人が
1人でも減ってくれたら嬉しい。
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